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[オピニオン]働ける権利

Posted December. 17, 2002 23:07,   

大学を卒業して外国で語学研修まで修めたにもかかわらず、まだ就職できない若者の心境はどのようなものだろうか。「何もかも終わってしまった/先行き真っ暗だ/どうすることもできないし人も嫌いだ/家族を思い出すだけで涙が出てしまう/おれ、随分、人が変わってしまったのかもしれないな」ある若者が残したとされるこのメモは、青年の失業問題が最近の若い世代を挫折と絶望の淵に追いつめていることがよく表れている。自分を受け入れてくれない社会に対してうっ憤を晴らすことにも、彼らは力尽きてしまったようだ。米国の歌手ボブ・ディランは、歌の中で「朝起きて自分がやりたいことをやる人、その人は成功した人」だと歌っているが、こうした夢すらかなえられないのが現実である。

◆青年失業と劣らないくらい深刻なものが、壮年・老年層の職場問題。平均寿命が大きく伸びている現状なのに、職場を辞めなければならない引退年齢は急速に下がっている。この人たちは、老齢年金や子どもたちの親孝行など、社会と家族のいずれにも「頼る」のがままならない状況。このため職場を離れると、次の仕事が見つからなければ、新貧困層として荒廃した余生を送らざるをえない。若い世代は、インターネットなど新たな環境にも慣れ親しんでいるものの、壮年層以上はそうもいかない。時代の変化の渦のなかで、意思表示もできないまま、すっかり落ちぶれた人生に成り下がる運命にある。

◆ライオンやトラは、年老いてこれ以上狩りができなくなった時に死を迎えるのと同じように、人間も生物学的に生涯仕事を続けられるようにして生まれた。医学者の研究によると、人間が長生きする上で最大の秘訣は、生涯仕事を止めないことである。原始社会において、人間は年齢を問わず食べ物を探して野山を駆け回らなければならなかった。農耕社会においても、お年寄りたちは生産の場を離れなかった。労働行為は、このように神と自然の摂理に従うことである。現代に入って、お年寄りたちが仕事を止めるようになったことが、果たして社会と歴史の発展に伴う「恩恵」としてのみとらえる事ができるのだろうか。

◆誰もが働ける「労働の権利」は、わが国の憲法にも明示されている。労働が、人間が人間たらしめるための基本権であるにもかかわらず、多くの階層がここから疎外されているのには、政府の責任が大きいと言えよう。私たちと対照的なのが、最近高齢化の傾向により65歳の定年をなくすと発表した英国政府。政府が先頭に立って「老年の品格」を守ると乗り出したのである。55歳の定年すらろくに守られていないわが国としては、うらやましいという気持ち以前に、政府がこれまで何をしてきたのかという疑問が湧いてくる。やはり、見かけだけの「国民の政府」だったのだろうか。国民が「朝起きてやりたいことをやらせてくれること」が、それほどむずかしいことなのだろうか。