国会政治改革特別委員会での選挙改革作業が事実上流れたことで、今回の大統領選はこれまでの選挙法で行うことになった。カネのかからない選挙への期待が水の泡となり、早くも兆ウォン単位の金権選挙の可能性を憂慮する声が出てくる。そうなった場合、大統領選が終わった後、再び深刻な選挙資金を取り巻く後遺症で苦しめられたりはしないかと心配だ。
これで、政界が唱えていた選挙改革はもともと虚言だったし、選挙改革論議は真似に過ぎなかったことが証明された。中央選挙管理委員会が今年7月に選挙公営制を型破り的に拡大することを骨子とした画期的な選挙改革案をまとめ、9月初め、国会に提出した。が、政界は別段関心を見せなかった。政争に明け暮れる各政党が世論に背中を押されて、やむを得ず政治改革特委を発足させたのは大統領選を50日あまり残した先月末のことだった。
誠意を欠いた政界が、討議の振りを見せたところで、ろくな合意を引き出すはずがなかった。特委の選挙関係法改正小委員会で選挙改革が討議されたのは、11日と12日の2日間だけだった。それさえも候補者間のテレビ討論を大幅に増やし、政党演説会を廃止することに対する賛否論議で終始し、結論もなく期限切れとなった。
このような政界の姿勢は、昨今のことではない。言動が一致しない政界だが、とりわけ表裏の不一致が目立つ分野が選挙改革である。普通、党の都合がよい方がより消極的だ。選挙改革に踏み切ればカネが少なくてすみ、どちらにも悪くないはずだ。ところが、各党が消極的なのは、独力でばく大な選挙資金を隠密に調達できるルートを確保しているからだと考える。政界の改心なしでは、大統領選が終わった後も選挙改革は遥遠のこととなるだろう。
政治的な不正腐敗の根がまさに選挙にあるという点で、選挙改革は政治改革の始まりであるとともにゴールだ。選挙改革が流れたことで、全般的な政治改革の前途を暗くしている。もはや政界だけを頼りにするわけにはいかなくなった。有権者たちが出るべきだ。






