今年5月「21世紀の新生独立国」となった東ティモールのシャナナ・グスマン大統領は、どうも大統領職に別段執着を感じていないようだ。大統領は、最近、ポルトガル紙とのインタビューで「できることであれば、今日すぐにも辞任したい」と打ち明けた。昨年、大統領候補出馬宣言でも「私は大統領として最善の人物でないことを知っている。私は祖国が独立すれば、かぼちゃを栽培して動物を育てる生活を夢見てきた」と発言しているほどだから、何気なくこぼした空言ではないようだ。しかし、大統領は、次のようなことを加えた。「願っていなかった大統領になったが、国民は私が自分たちの利益を保護するだろうと信じてもいい」と。
◆素晴らしいことではないか。詩人であり、元教育者で20年あまりを東ティモールの独立運動をけん引してきたグスマン大統領だ。まだ最終評価を出すには早いが、こういう大統領なら国民の信頼を受けることができるだろう。グスマン大統領は、独立のために武装闘争をはばからなかったが、独立した後は、支配者だったインドネシアに従っていた勢力と、彼らに抵抗した勢力との和解のために努めた。ユネスコは、そういう彼に「今年の平和賞」を与えた。
◆「闘争と和解」のリーダーシップなら南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ前大統領を抜きにしては語れない。マンデラ氏は、27年の投獄生活を強いられた末に、1994年に大統領に就任し、黒人政権の時代を開いた。しかし、マンデラ氏は、白人たちへの報復を行わなかった。白人政権の極悪な人種差別政策に憤怒した黒人をなだめながら「白黒の偉大な和解」を導いた。5年の任期が終盤を迎えていたころ、多数の国民はさらに5年間、大統領でいて欲しいと希望したという。しかし、マンデラ氏は、後継者の副大統領に席を明け渡しては未練なく大統領職を離れた。マンデラ氏は、こう話していた。「これからは7人の孫たちと故郷の渓谷と丘、川べりを歩きながら余生を送りたい」。想像だけでも美しい姿ではないか。
◆われわれは憲政史が半世紀を過ぎても、こういう大統領の一人を持つことができなかった。軍部独裁の時代が終わると、私たちも「美しい大統領」を見ることができるだろうと思っていたが、民主化の代名詞と呼ばれた2期にわたる民間政権の大統領も、無能と腐敗で国民の期待を裏切った。ましてや、このころは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)へのヤミ取り引き説に加えて、ノーベル平和賞ロビー説まで膨れ上がり、いかにもみじめで恥ずかしい思いだ。2カ月あまり後には、新しい大統領が選ばれる。あふれることも及ばないこともなく、国民に信頼と希望を与えられるような人物ならこの上ないだろう。しかし、現実に目を向けると、すっかり暴露と誹ぼう、憎しみと敵がい心の政治だけだ。わが国民は「美しい大統領」を目にするまでに、いつまで待たなければならないのだろうか。
全津雨(チョン・ジンウ)論説委員 youngji@donga.com






