1953年、米国の無名漫画家のヒュー・ヘフナーは映画「ナイアガラ」を見て女主人公のマリリン・モンローにひかれる。男を魅了する色気と悩殺的な姿態が彼をとりこにしたのだ。翌年「プレーボーイ」誌を創刊したヘフナーは、彼女を創刊号の表紙モデルに抜てきした。選択は的中した。わずか8000ドルで手がけた雑誌社は、創刊号から数百万部が売れ大儲けをしたのだ。27歳のヘフナーは、一躍ドル箱を手にすることになり、人生が変わる転機を迎えたし、マリリン・モンローはセックス・シンボルのイメージを築き始めたという。
◆「プレーボーイ」は、人間の性に対する欲望を大衆化させた雑誌だ。今の目線でみれば、大したものとは思えないが、創刊当時は、この雑誌の性表現は破格だった。その後「ペントハウス」や「ハスラー」などの競争誌が登場してから内容はより大胆になっていった。カメラマンたちは、女体の美しさを表現するため、よくも見事にアングルをとらえた。売れ行きも上々で、70年代には月700万部の販売部数を記録した。人々は実際の生活では入り込めない性の世界を間接的に体験し、代理満足を感じていたのだ。今は中壮年層の中にも、青少年期にこの雑誌を盗み読みしては顔を赤らめた経験のある人が少なくないだろう。
◆韓国人では初めて「プレーボーイ」表紙モデルに登場し話題を呼んだ在米ヌードモデルの李スンヒ嬢は、韓国のあるテレビに出演してこういう語ったことがある。「プレーボーイ誌は、皆さんが考えているのとは違う」。恐らく「格調ある成人マガジン」であることを言いたかったのかも知れない。実際に「プレーボーイ」は、「女の体とセックス」が中心素材になってはいるが、政治ニュースや社会問題、ユーモアなども「味付け」的に盛り込んでいる。毎号、有名作家の短編小説を載せているのも特徴だ。
◆再来年に創刊50周年を迎える「プレーボーイ」が、今回は本気で変身を図る模様だ。ヘフナー会長は、「今後は、露骨な性表現を減らす」と宣言しており、そのため40代の若手を新しい編集長に起用した。似たようなアダルト雑誌類がはんらんし、インターネットの露骨なアダルトサイトに押されて斜陽化が進み始めたからだ。今の「プレーボーイ」は、全盛期の販売量の半分に落ちた。ヘフナー会長の決心は、これらとの競争で生き延びるための差別化戦略だと言える。おとなしくなった「プレーボーイ」は、果してどんな姿だろうか。また、複数の女性と同居生活を過ごすなど彼自身が有名なプレーボーイでもあったヘフナー会長は、この際「大人びた老人」に生まれ変わるだろうか。どっちがより容易く大人びるのかも気になる。
宋煐彦(ソン・ヨンオン)論説委員 youngeon@donga.com






