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[オピニオン]絶望の所産

Posted October. 02, 2002 22:49,   

「いっそ死んだ方が増しだった。死のうと思えばいくらでも死ぬことができた」。漢時代の史官だった司馬遷は、宮刑に処せられたあと、友人にこういう内容の手紙を送った。直言を言って受けた刑罰だった。司馬遷は、屈辱の中でも生を継続したのは、胸中に秘めていたこころざしがあったからだと言った。彼が精魂を注ぎ込んで、そのこころざしを実行に移した結果が、こんにち最高の歴史古典の一つに選ばれている「史記」だ。司馬遷のこの本は、男として実に耐え難い最悪の苦痛を、最も価値ある創造物に昇華させた「絶望の所産」だった。

◆成功したリーダや何か意味ある作業を成し遂げた人々は、絶望的な危機を逆に鍛える機会にして克服したケースがほとんどだ。この夏に世を去った故李周一(イ・ジュイル)氏も、その一人だった。「何かお見せする」というギャグは、本当に何かを見せたいのだが、見せる方法がなかった、あの長くて貧しかった無名の時代がなかったなら思いつくこともできなかった流行言葉だった。人生では、これ以上、おりたくてもおりることができない絶望の奈落で、そのままぱっと死んでしまう代わりに、もう一度必死で頑張るとき、絶望はいつの間にか消えてしまっていることに気がつくことが多い。名づけて絶望の逆説的な力だ。

◆普通の人々には、容易なことではない。絶望は死に至る病気だとした哲学者キルケゴールの話のように、ただ破壊的な力として作用するだけだ。大統領の息子の金弘傑(キム・ホンゴル)氏は、法廷で「もともと楽天的だったが、父が死刑判決を受けてから絶望と無力感を感じるようになり性格も変わった」と告白した。大統領の生涯で、最も大きいな不幸をもたらした弘傑氏の投獄も、結局は絶望の産物であった。しかし、全身が石灰のように固くなっていく病気で死んでいきながら書いた朴ジンシク氏の本のタイトルにもあるように「絶望は希望の異名だ」。絶対的な絶望で避ける道のない、そのような不幸は実際は珍しい。まだ抜け出す道があるのにもかかわらず、人々は先に絶望してしまう。希望にだまされるよりは絶望にだまされる人がはるかに多い。

◆米紙ウォールストリート・ジャーナルは最近、北朝鮮の新義州(シンウィジュ)特別行政区の計画は、金正日(キム・ジョンイル)総書記の絶望感から始まった絶望の所産だと報じた。人も動物も、極端な絶望と憤怒など危機的な状況下で猛烈に分泌されるカテコールアミンというホルモンが、金総書記にも働いたのだろうか。猫が敵に出会った時、全身の毛をとがらせる行為、追い詰められたネズミが猫に飛びつく行為、そして平凡な人が超人的な力を発揮するのも、このホルモンの影響だ。金総書記の絶望が果してどんな方向に展開するか分からないとしても、希望のもう一つの姿になることを望むばかりだ。

金順徳(キム・スンドウ)論説委員 yuri@donga.com