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人革党事件の外国人証人 ジョージ・オルグ牧師は当時を..

人革党事件の外国人証人 ジョージ・オルグ牧師は当時を..

Posted September. 30, 2002 22:48,   

「最近の新聞で、人民革命党(人革党)再建委員会事件はつくられたものだったという疑問死真相究明委員会の発表に接したときは、全く驚きませんでした。30年前、私たちが知っていた真実がようやく確認されたにすぎないからです」

1974年10月、ソウルで開かれた木曜祈祷会で、人革党再建委事件が拷問によって操作されていたことを暴露し強制追放された米国人のジョージ・オグル牧師(73)。

韓国労働者の人権伸張のために努力した功労が認められ韓国人権問題研究所が授与する第5回韓国人権賞受賞者に選定されたオグル牧師は、30日に開かれた授賞式に先立って行われた記者会見で淡々と同時の状況を説明した。

「詳しい内容については、当時、毎週開かれた木曜祈祷会の会合に人革党再建委事件関係者の夫人たちが参加し、彼女たちを通じて分かるようになりました。夫人たちは私に助けて欲しいと頼んできましたが、何の役にも立てなかったのです。その代わり木曜祈祷会を通じて夫たちのために祈祷しながら、拷問によって犠牲になり、悔しい思いで死んでいった被害者たちの話を伝えました」

オグル牧師は木曜祈祷会での発言が災いして中央情報部に連行され取り調べを受けるなど、苦労を強制された挙句、同年12日に強制追放された。

「南山(ナムサン、中央情報部の異名)で17時間も審問を受けたが、彼らは『私は共産主義者で私が共産主義者のために祈祷した』と自白することを要求していました。しかし、私が応じないと『彼らが共産主義者であることを知らずに祈祷をした』という供述書に署名だけしろと強要したが、それも最後まで拒否しました。するとソウル大学客員教授として招へいされて労使関係について講義をしたことがあったのですが、宣教師として講義をするのはビザ法違反に当たるとこじつけて強制的に追放されました」

このため当時の朴正煕(パク・チョンヒ)強権政権は、国際社会の厳しい非難を受けた。

オグル牧師は米国に追放された後も、人革党再建委事件の真実を知らせるために努力を惜しまなかった。議会の聴聞会に出て人革党再建委事件の真相について証言しており、米全土を回りながら韓国の人権の実態を知らせた。

米デューク大学神学大を卒業し、54年から韓国で米メソジスト教会の宣教師として活動したオグル牧師は、60年から仁川(インチョン)都市産業宣教会をけん引しながら労働者たちの権益保護のために努めた。

自分の名前を「オ・ミョンゴル」に、夫人のドロシー女史(67)は「オ・ソンファ」という韓国名を作るほど、韓国への愛情が深いオグル牧師は、人革党事件などを素材に「20世紀韓国物語」(How Long, O Lord-Stories of Twentieth Century Korea)という歴史小説を最近出版している。



buddy@donga.com