Go to contents

[社説]「巨悪の追放」は検察の内部悪追放が先決だ

[社説]「巨悪の追放」は検察の内部悪追放が先決だ

Posted August. 20, 2002 22:07,   

検事たちの中には政治家たちにひどい不信感を示す人が多い。政治家たちに対する敵対心さえ見せる検事たちも少なくない。彼らは、巨大な社会悪の根が政界につながっていると考える。経済不正や記入不正はもとより、はなはだしくは組織暴力団まで、その根が政界に張り巡らされているケースをよく見かけるからだ。金振煥(キム・ジンファン)ソウル地検長が就任式で「足を伸ばして眠れないようにすべき巨悪」として目した対象には、政治権力も含まれるものと理解される。

政治家たちも、検察を軽くみる。一部に限られた話だと信じたいが、人事の季節が訪れると、先を競って政界にコネをつくる検察幹部たちの有様を、政治家たちは軽べつしながらも楽しむ傾向さえある。このように政界と検察が、互いに憎み合いながら共生し続けてきたのは、昨今のことではない。検察が自ら外部からの圧力と影響を呼び込んだ格好だ。

政界と検察の「黒い取り引き」は、人事ロビーと人事わい曲からはじまる。検察の内部で特定地域による覇権主義が絶えず論議を呼んでいるのも、これによるものだ。最近行われた検察の高級幹部人事にも問題がある。「李容湖(イ・ヨンホ)ゲート」の手抜き捜査で問責処分を受けた検事らを再び重用したのは、検察改革とは程遠い。

巨悪が足を伸ばして眠れないようにするためには、先に検事たち自ら、政界にすがって「楽に」昇進したり要職に就こうとしてはならない。でなければ、検察は、今後も引き続き、小さい悪には霜柱を立てながらも、大きな悪には逃げ腰になるという批判を免れず、さらにひどい汚辱のワナに陥るだろう。

また、検事たち自らきれいに手を洗ったうえで断罪の刀を持ってこそ、国民の信頼を得ることができる。検事たちが「公益の代表者」に相応しいモラルを備えられない場合、「巨悪に対する炎のような闘魂」などは、またもやレトリック(修辞)に終わる可能性が大きい。巨悪を追放するためには、検察の内部悪の追放が先決だ。検察が正しく立っていれば、巨悪は自ずとしぼむ。政権変動期のいまは、検察が生まれ変わる良い機会だ。