与党民主党の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領候補が「脱DJ(金大統領)」に向けた本格的な動きに出る模様だ。これまで、ためらっていたDJとの差別化を実行に移すというのだ。「脱DJ」を文字とおり解釈すれば、民主党と盧候補がDJの陰から抜け出すということだ。しかし、今の政治現実から考えて、それが実現できるかどうかは疑問だ。
「脱DJ」の具体的な方策として取り上げられている金弘一(キム・ホンイル)議員の民主党離党や、アジア太平洋平和財団(亜太財団)の解体問題だけにしてもそうだ。金議員が離党し亜太財団を解体するといって「脱DJ」が実現できるのだろうか。
盧候補が金大中(キム・デジュン)大統領に抵抗する声を出したからといって、国民が「脱DJ」したと受けとめるだろうか。民主党から金大統領に国内政治から手を引かせるという話が流れ出たからといって、金大統領と民主党が絶縁したと思う国民がいるだろうか。
金大統領が、民主党を離党し政治から手を放すと宣言したから、形式的論理から考えれば民主党と盧候補はすでに「脱DJ」を実現したのだ。問題は、実質的な内容だ。
国民は、依然としてDJと民主党を同一体として考えたから、6月13日の統一地方選挙で断固とした審判を行った。結局、今の「脱DJ」の動きは、選挙敗北の根源がDJにあるということから出発する。その動力は、DJの陰から抜け出せなければ、8月の再選・補欠選はもちろん、年末の大統領選挙でも敗北しないだろうかという危機感だ。
もちろん大統領の息子らをはじめとする権力不正は清算されなければならない。権力とからんだ不正腐敗を制度的に防ぐためのプログラムも必要とされる。しかし、それに先立ち、盧候補と民主党は自分らの誤りについて、さらに率直に反省するのが正しい順序だ。
どんなに「帝王的な大統領」の下で党が無力だったとはいうものの、権力不正をかばうのに恋々し、縮小させるのにきゅうきゅうとしていたのに、今になってすべてをDJのせいにし「脱DJ」を叫んでいるようでは、国民の共感を得がたいだろう。
「脱DJ」よりは、共同責任の認識のもと、民意にしたがうのが正道だ。






