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[オピニオン]経済を助ける政治に

Posted December. 25, 2001 14:39,   

新たな世紀への希望を胸に迎えた2001年も、いつの間にか暮れに近づいた。今年は、世界経済の同時低迷もあいまって、韓国にとって困難な1年であったが、国民の多くは、経済難の克服に向けた構造調整への努力に黙々と協力した。このような国民の努力もあり、困難な中にも、韓国経済のファンダメンタルが改善しつつある。

4年前、破産の危機に追い込まれた韓国経済は、現在、国際社会から金融危機を乗り越えたと評価されている。このような評価を反映するように、最近、米国のスタンダード&プアーズ(S&P)は、韓国の国家信用格付けをBBB+に一段階上方修正し、外国人投資家も「バイコリア」に熱中している。

しかし、このような肯定的な現象にもかかわらず、韓国経済が、一段階さらに跳躍するためには、今後次のような課題が解決されなければならないだろう。第一に、実体部門の競争力が向上しなければならない。外形より収益性を重視する方向に企業の認識が変わり、企業の負債比率が低下したというものの、未だに製造業の30%は、営業利益で利子さえも返せずにいる。さらに海外市場では、韓国製品が先進国製品と中国製品の板ばさみにあい、輸出が約10ヵ月間減少を続けている。このような事実は、実体経済の危機がなお続いており、韓国企業のグローバルな競争力向上を通じてのみ、この危機を克服できることを示唆している。

第二に、金融構造調整が十分に行われなければならない。金融機関の不良債権が減少し、国際決済銀行(BIS)の基準自己資本比率が10%台に上昇したものの、金融危機が完全に克服されたわけではない。優良銀行間の合併の熱気は、市場による金融構造調整が十分に行われていることを証明する鼓舞的な現象ではあるが、金融構造調整の完結に向けて、公的資金の追加投入をしてでも、経営難にある金融機関の統廃合が行われなければならないだろう。

このような企業の競争力向上と金融構造調整の完結が、経済跳躍の必要条件なら、政治的リーダーシップの回復と政界の覚せいが、この十分条件と言えよう。まず、経済の新たな跳躍に向けて、国民を結集させる求心点となり得る政治的リーダーシップが必要だ。韓国が、金融危機を乗り越えることができた第一の理由は、危機の中でも、国民の団結を可能にした政治的リーダーシップが存在したからだった。23日に対外債務の返済中断を宣言したアルゼンチンは、政治的混乱とリーダーシップの不在で、さらなる経済危機に見舞われている。このような事例は、経済的安定と繁栄に政治的リーダーシップがいかに重要かを如実に示している。

しかし、残念なことに現在の韓国は、政治的リーダーシップの存在を確信できずにいる。医薬分業および教育政策などの実状や様々な疑惑事件は、民心ばなれを加速化させ、与党の再・補欠選挙の惨敗や与党内部の分裂をもたらし、その結果は政治的リーダーシップの弱体化となって現れた。リーダーシップの回復の兆しが見当たらないところに、国民の苦悩はさらに増す。

真の経済先進国に向けたもう一つの十分条件は、政界の覚せいだろう。尽きることのない各種「ゲート」から溢れでる疑惑や続々と明らかになる事実は、韓国の政界が、まだ懲りずにも政界癒着に染まっている、という思いを抱かせる。以前の政界癒着が、政権と財閥の癒着だったなら、今度は一部のモラルの欠如した政治家とインチキベンチャー企業家の癒着という点が違うだけだ。企業家が、政治家に金を渡し、政治家がこれをすんなり受け取って、代わりに世話してやるというようなところで、どうやって公正な競争が成り立って、市場原理が作動し、企業の競争力が高まるだろうか。金融危機をもたらした最も大きな理由が、政界癒着だったという事実を考えると、やり切れなさやもどかしさを禁じ得ない。

政界は、自らを率直に顧みなければならない。なぜ政治への国民の不信と嫌悪が、日増しに深まり、なぜ毎日マスコミが、政治が韓国経済の足を引っ張っていると騒ぐのかについて、真剣な省察が行われなければならない。このような省察と自己反省を基に、韓国の政治が新たに生まれ変わらなければ、韓国経済の新たな跳躍は、はるか遠い未来の話となるだけだ。来年は、政治が経済を支える年になることを心から期待する。

鉠明鉉(チョ・ミョンヒョン)高麗大教授(経営学)