国中が、「ゲート」と「金の匂い」で騒々しい。不正共和国という言葉が身にしみる。権力の周辺は、人間社会の基本的な倫理も「同志の義理」もないようだ。互いに足を引っぱり合う「陰謀説」だけが飛び交っている。「陳承鉉(チン・スンヒョン)ゲート」「李容湖(イ・ヨンホ)ゲート」「鄭鍱逷(チョン・ヒョンジュン)ゲート」などの門(gate・ゲート)の名と入口は違っても、「陰謀説」を取り除けば、ひと所に通じるという。そこにまさに「本体」があるということだ。「大統領の息子」の疑惑関連説の出所も、その「本体」の周りだ。
暴いてみても、腐った不正のかけらだけが、きりなく出てくるのに、さらにメスを入れても仕方がないと、手術をするくらいなら覆い隠したほうがましだ、というあきらめ論もあるようだ。ただでさえ求心力が低下しつつある政権を揺さぶって、何かいいことでもあるのか、という同情論も聞こえてくる。確かに、来年の経済はどうなり、世界の祭りであるワールドカップは、無事終えることができるのか、さらに地方選挙と大統領選挙はちゃんと行なえるのか・・・。心配ごとは枚挙にいとまがない。どのみちこの政権が担っていかなければならないことであるため、行動が気に入っているからというのではなく、やり方を見て当分我慢しようという「猶予論」も現れる。
にもかかわらず、マスコミは、なぜしきりに「ゲート」を取りあげ、不正の実体と「本体」を追跡するのか。
米国のワシントンポスト紙は、ニクソン政権が、ベトナム戦争の泥沼から抜け出せずにもがいている渦中に、ウォーターゲート事件を暴き出した。テロとの戦いを遂行中のブッシュ大統領は、数日前、外国人テロリストに対し非公開軍事裁判を行なう法案に署名した。これをうけ、ニューヨークタイムズ紙は、「戦争と裁判」という異例の長文の社説を通じて、ブッシュ大統領は「憲法の父」が作った三権分立の原則を犯している、と辛らつに批判した。国運がかかった戦時に、大統領を批判することは、決してたやすいことではないものの、それにもまして、批判することは批判しなければならないというのが、ニューヨークタイムズ紙の判断だった。
権力が、進んで過ちを認め、自らを断罪した例はおそらくないだろう。できるだけ自分の過ちを覆い隠そうとするのが、権力の習性だ。マスコミはどうか。アリがえさを探すように、粘り強く事実を追跡してかき集め、真実を突き止めるのがマスコミの本分だ。不正を犯した権力とは絶え間なく対決するしかない。大衆の感情も、時に応じては、果敢に飛び越えて冷静な批判に身を投じなければならない。それが、結果的には社会と国家をより健康的にする、といのがマスコミの信念だ。
強いてマスコミの基本精神と本分を掲げなくても、昨今の「ゲート」と「本体」は、その真実と実体を覆い隠そうとしても隠せるものではない。韓国の政治風土の刷新のためだ。盧泰愚(ノ・テウ)政権は、全斗換(チョン・ドゥファン)政権を清算することに、金泳三(キム・ヨンサム)政権は、盧泰愚政権と全斗換政権の秘密資金の追跡に、そして金大中(キム・デジュン)政権は、金泳三政権の不正を暴くことに、どれほど多くの時間と労力を費やしたことか。さらに、それによる民生の被害はどれほどのものだったか。
再び、そのような過去を繰り返してはならない。過ちが明らかになれば、任期中に解決して潔く退くという伝統を築き上げなければならない。手を引かれて法廷に立つ卑屈な姿は、だれも見たいとは思わない。マスコミが、しきりに「ゲート」と「本体」の糾明を促すことも、そのまま見過ごせば、現政権もまた過去の政権と同様の運命を辿るだろうという判断のためだ。自分の過ちを自ら清算して、栄辱を胸に未練なく退場する政権になってもらいたいからだ。
さらに、韓国の現代史に幾多の功罪を残した「3金時代」も、いかんせん歴史の中に姿を消しつつある。現政権は、その3金時代の暗い影も共に取り払わねばならない使命を帯びている。「ゲート」と「本体」を覆い隠したまま、何気なく歳月の経つことのみを待つ政権ならば、そのような使命が遂行できるだろうか。
金大中大統領は、機会があるたびに、現政府が公正な政府として歴史に残ることを望む、と述べた。聖域なしに事実を明かせ、と指示もした。今からでも、政府が本当に一点の疑いもなく、すべてをきれいに払い除けるなら、マスコミは何のために声を高めるだろうか。むしろ拍手を送ることだろう。
南賛淳(ナム・チャンスン)論説委員
chansoon@donga.com






