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[オピニオン]「不良人間」を生む教育

Posted December. 13, 2001 10:17,   

どんな不景気にも風当たりが少なく、毎年この時分になると競馬場なんかで見られるような大騒ぎが天地を揺るがす、そんな分野がある。教育だ。他の問題だったら、民衆の反乱でも起こりかねないことなのに、自分の子供の問題になると遅れを取ってはならない切迫詰まった状況なため、入試をひかえている家庭では仕方なしに言われた通りに従い、悲惨なほどの苦痛に甘んじなければならない。

国民国家の建設に向けて人間よりも市民を養成する目的で、寺子屋などで行っていた従来の教育を直接政府が担当し、個人と国家を直に結びつける教育が行われてもう半世紀経つ。なのに、その教育制度がすべての家庭に不合理な苦痛を抱かせて来たのは、きのう今日始まったことではない。とくに現政権のもとでは、その苦痛が年を重ねるにつれてますますひどくなるようで残念でならない。この苦痛を政府は、よりよい教育に向けた改革にともなう必然的な苦痛だと正当化している。だが、これは修辞に過ぎない。現政権の発足以来、教育が完全に崩壊しつつあると見る意見は、教育現場の内外で見られるほぼ一致した見解だ。

なぜなのか。教育問題の核心が大学の入試制度にあるということはだれもが認めるが、それを改革するとして、単に試験制度を変えるだけで堂々巡りし、突破口を見出せずに物心両面でばく大な浪費を招いてばかりいる。教育移民という笑うに笑えない事態が生じていることが、まさにこうした内情を物語っている。さらに、学閥が必要のない教育社会を作るとしていた大統領の言及や、教職者のプライドを踏みにじる政策当局者の言及などはまさに教育的な虚無主義に近いと言っても過言ではない。だから学校教育の破滅は必至の帰結だった。

いずれにしても、教育問題も現政権に解決することを期待し難いということ、また行き着く所までいかないと、きっかけが設けられない状況であることを前提として、これらの問題を考えざるを得ない。

もっとも重要なことは、教育システムを基礎分野と職業分野に大別して構成する必要があるということだ。どの国に限らず、教育に主な関心を置く焦点は、非凡な能力を持つエリートをいかに養成するか、ということだ。これは分野としては基礎分野に当たる。今、韓国教育のもっとも大きな弱点は脆弱な基礎分野だ。長期的には、これは国力と直結する問題である。国力とは、哲学→科学→技術→経済→軍事の順に整えられる。

これを前提にしてみると、最近の人文社会科学と基礎自然科学の危機はただ事ではない。デパートのような4年制大学が約200校あるが、この数字が基礎科学人材の養成とは何の関係もないということは周知のことである。

大半の学生は職業方面に進む人材だ。このためには、専門大学という看板を下ろした2年制の大学が多くあるが、これも整備していかなければならない。大学教育が大衆教育化して久しい。だとすれば、いわば専門大学の卒業生に学士学位を与えるのを惜しみ、劣等感を感じさせる理由は何もない。だが、これには条件がある。産業社会に適した職業方面の教育も、分野によっては4、5年の厳しい研修を受けなければならない場合がほとんどだ。そして、教育内容の内実化が徹底して進められなければならない。ただ頭でっかちな人たちの遊び場のような教育は避けなければならない。

こうした基本哲学をもとにすれば、今のような不良人間の大量生産組織のような教育制度を見直さざるをえないだろう。量的需要を解決しながらも、質の向上を目指すためには、こうするしかないと思われる。既存の大学もこうした角度から再編されるのが望ましく、こうしてこそ高等失業者問題も解決できる。

大卒の高等人材の失業が問題となっているが、実状を見ると、高等人材ではなく低級人材である。そして教育改革には必ず、現行の時代錯誤的な「考試制度」の存廃もいっしょに見直すべきだ。

教育と人的資源を重視するとして、該当部の首長を副首相級に格上げまでしたが、いまだに人材需給に関する満足した資料一つなしに、教育破綻を招いた愚を次期政権はおかしてはいけない。

盧在鳳(ノ・ジェボン)元首相