アフガンニスタンに身を隠しているとされる、オサマ・ビンラディン氏とアフガンを実効支配しているタリバーン政権の最高宗教指導者、ムハマド・オマル師。
美国などの情報機関が追っているのにもがかわらず、行方の怪しい二人は歯と歯茎のような間柄で知られる。しかし、二人と親しいパキスタン人記者ユスプザーイは「二人は世間に知られたほどそんなに格別な間柄ではないようだ」と話した。
ユスプザーイ記者は英紙、ガーディアンの26日付け記事で二人が出会った経緯等を詳細に紹介している。ユスプザーイは1995年3月オマルに初めて会っており、ビンラディン氏とは98年5月以降数回接触している。
彼は「オマル師はビンラディン氏を客への礼儀としてもてなしているが、自らアフガンを離れることを望んでいるような印象を受けた」と述べた。ユスプザーイはその事例として98年ビンラディン氏の招待でアフガニスタンを訪問し3日間待った末に会ったことを紹介した。
ビンラディン氏は当時、ユスプザーイを通し米国とイスラエルに対して聖戦を発表しようとした。ところが、その計画を耳にしたオマル師は「アフガニスタンには一人の指導者がいるのみ」だと語って非常に怒ったという。結局ビンラディン氏がオマル師に事前了解を求めなかったことを謝罪した後「聖戦宣布」メッセージを発表したという。
ビンラディン氏は首謀者の疑いが持たれている大半のテロ事件と無関係と否定している。98年ケニヤとタンザニア所在の米国大使館爆破事件に関しても「私達がしたことではないが気分は良い」と話した。
ビンラディン氏の伝記を書いたパキスタン人記者ハミド・ミルもビンラディンは自分が関っているとされる大半の事件と無関係だと強調したとしている。ビンラディン氏が関ったことを認めた唯一の事件は93年ソマリアで米軍兵士18人が殺害された事件。
ビンラディン氏は11日の米国の連鎖テロ直後にもミル記者に「私達はしていない」と短いメッセージを送ったという。
公の場に姿を現すのを忌嫌う、オマル師は13、14日米国の攻撃に備えた戦時動員体制を宣布するときもタリバーンの公式の大衆メディア「シャリア」ラジオ放送を通じ声明を代読させるやり方を取った。アフガニスタンの消息筋によるとオマルは西側情報機関の追跡を避けるため直接人に会って指示を下しており、やむを得ないときのみ感聴が容易でない衛生電話を使っているという。
洪性哲 sungchul@donga.com






