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[オピニオン」岐路に立たされた米国の中東政策

[オピニオン」岐路に立たされた米国の中東政策

Posted September. 13, 2001 10:01,   

米国が世界史上最悪のテロ事件で、南北戦争以来最大の国家的災難に遭った。米国最大の都市である二ューヨークと首都ワシントンを含む各地で、同時多発的に発生したテロ事件は、十分に国家的危機と称するに値する。

米国の立場を考える時、事態の収拾と共に今後かなりの期間、対中東政策に関連する対内外の政策方向をめぐって、次のような議論ないしは分析が主流を形成するものと思われる。第一に、今回の惨事が、最近極限状況に至っていた中東事態に鑑み、ある程度予見が可能ではなかったかということだ。即ち、種々の状況証拠から見て米国への大規模のテロは、中東紛争の悪化と直・間接に関連があるということだ。言い換えれば、米国のマスコミがイスラム過激派の犯行であると見るのにはそれなりの理由がある。

昨年9月から再燃の兆しが見え始めていた中東紛争は、2月のイスラエル総選挙で強硬派のシャロン氏が圧勝し首相に就任してからさらに悪化し始めた。シャロン首相は「中東政治の唯一の手段は、外交ではなく軍事力」という信念通り、力の政策を行なってきた。一方、パレスチナでは、アラファト自治政府議長が、イスラエルとの和平交渉に失敗したことによって発言権が弱まり、政府内の強硬派である民主解放戦線と人民解放戦線などが勢いを得て、両者のいずれも強硬派が主導権を握るようになり、極端な対峙局面に達したという。これによって、この11ヵ月の間、合わせて500人以上の犠牲者を出し、先月末にはパレスチナ人民解放戦線(PFLP)指導者ムスファタが、イスラエル軍の米国製ヘリコプター「アパッチ」のミサイル攻撃を受けて死亡するなど事態が悪化していた。

これに対してイスラム過激派は、イスラエルへのテロはもとよりイスラエルの「政治的後見人」と見做される米国に対する各種の爆弾テロを行なってきた。代表的な事件は、1998年8月のケニアとタンザニア駐在米国大使館爆破事件で約200人が死亡し、約5000人が負傷するという被害を出した。米連邦裁判所は5月、大使館爆弾テロの容疑者に対する裁判で、反米テロの操縦者としてサウジアラビア出身のウサマ・ビン・ラディンに目星をつけた。これをうけてラディン側は6月25日、今後数週内に「驚くべきのこと」が起こるだろうと警告したという。この他にも、米国は先週、南アフリカ共和国で開かれた世界人種差別撤廃会議でイスラエルのシオニズムを糾弾する決議案が採択されたことで、イスラエルと共に米国代表団が途中退席し、イスラム過激派の憤慨を買った。

このような点から、今後、対中東政策における米国の最大のジレンマは、強硬一辺倒のイスラエルのシャロン政権と共に親イスラエル的な対中東強硬政策を維持するのか、それともより中立的な和解と協力の政策を取るのか、の岐路に立たされていることだと言える。

第二に、米国内外をひっくるめて最大の国防安保懸案であるミサイル防衛(MD)計画と関連し、野党民主党の反対論理に比重が傾き、MD予算削減が論争の的になるかもしれないということだ。要するに、民主党や一部マスコミの主張通り、実行可能性の薄い危険に備えて数千億ドルをつぎ込むよりも、米国が現実的に直面した脅威である敵の通常の運搬手段による生物化学(BC)兵器や暴発物による危険がより大きいという論理が説得力を得ているということだ。このため、既に2002年度のMD予算で米上院軍事委が13億ドルを削減したが、さらに追加削減されるか、少なくとも増額が困難となったのだ。

第三に、世界で最強を誇る米国の諜報情報収集能力に対する反省と共に保安情報機関間の責任論争が議会で提起される可能性がある。先日の米連邦捜査局(FBI)の二重スパイ要員問題で責任者が交代されたが、本格的に組織の人事問題が取り上げられるきっかけとなったと見られる。しかし「ジハード」(聖戦)という言葉に相応するように、宗教的信念で秘密裏に進められるテロ行為の謀議は、現代の科学的探知技法でも摘発が容易ではないというところに問題がある。

最後に、今後、軍の基本任務が、主要戦争に備えた役割から、今回のテロ惨事で見られるように「戦争以外の軍事作戦」(OOTW)により高い比重がかけられるようになると思われる。米国は、既に数年前からこの分野の研究を行なっているが、最近漸増するテロと麻薬取引、国際組織犯罪などいわゆる「従来にない安保懸案」への対策を講じる次元で、軍の任務と役割がより大きくなるものと判断される。