自民連の金宗稿(キム・ジョンホ)総裁権限代行と民国党の金潤煥(キム・ユンファン)代表が、相次いで与党共同候補論を提起したことは、単なる自民連側の「JP(金鍾泌)大望論」や「キングメーカー」を全面に出した「金潤煥式の地位向上」の次元で見るべきではなさそうだ。
彼らの主張は、「怪文書」かどうかで議論の的となっている「民主党大統領選挙候補選び戦略文書」と同じ脈絡だ。
政策で連合する民主党、自民連、民国党の合同説は、今に始まったことではない。特に、民主党指導部で、これまで3党合同を強く希望してきただけに、与党共同候補論に肯定的だという点は「秘密文書」の事実如何を問わず察するに余りある。
しかし、与党共同候補が前提となれば、現在民主党で進められている大統領選の競争構図が、事実上形だけのものであることを意味する。来年の民主党の党大会で、大統領選挙候補者を選出するという政治日程までも白紙になる可能性が大きい。早くも民主党の候補者らは、敏感な反応を見せていると伝えられる。
実際、連立与党3党が合同したり、共同候補を擁立するとういう構想を止めるわけにはいかない。共同候補で野党候補を包囲するという、いわゆる「李会昌(イ・フェチャン)包囲論」も与党の戦略としてあり得るものだ。その結果は、野党から与党にくら替えするなど、政略に終始してきたこれまでの行為や共同候補に対する有権者の判断に委ねることになるだろう。
問題は、今が果して「与党共同候補論」を持ち出す時か、という点だ。ただでさえ与野党が激しく対立しているところに、時期尚早にも共同候補論を持ち出すことは、さらに政界を混乱させ、その結果、国民生活がそっちのけにされることは火を見るより明らかだ。
なにより、自民連と民国党がそのように考え、「秘密文書」通りに民主党指導部も考えるのならば、共同候補論を持ち出すのではなく、むしろ具体的な計画と日程を明らかにしたほうがよい。そうできないのなら、はっきりと「違う」と言うべきだ。否定しつつも大統領選挙が迫るや、再び持ち出すというやり方をすでに幾度となく目にしてきた。
政治は予測可能でなければならない。一部が口を滑らせ、事態の成り行きを睨みながら政党指導部や特定の政治家たちが、談合や駆け引きで政治の内容と過程を思い通りに牛耳ろうとしてはいけない。そうしたならば、もはや有権者である国民が黙っていないだろう。
与党、特に民主党はしっかりして欲しい。共同候補論など持ち出す時期ではない。






