故鄭周永(チョン・ジュヨン)現代グループ前名誉会長が、空身で韓国の最大財閥を築き上げた事から、「ブルドーザーのようなパワーで神話を作り上げた魔術師」と呼ばれた。
故人は、「私は現代を通じて企業としてできる全てのことをやり遂げた」と時折口にしたが、その全ての事をやり遂げるために、乗り越えるなければならない山も多かったし、1つの山を乗り越えたかと思うと、新たな神話が誕生したりした。
▽神話の始まりはアドサービス
新たな事業を思案していた故人は、1940年に2人の同業者と共に、私債を借り、自動車修理工場である「アドサービス」を引き受けた。
しかし、大きな夢を胸に納めて始まった工場は、残金を払った五日ぶりに、故人の過ちで火事が発生、全てが灰と化してしまった。
辛うじて命は拾った故人は、工場だけではなく顧客に預かられた自動車まで全焼させ、借金に追われる身となった。
このまま居座るわけにはいかなかった故人は、再び私債を借りて、自動車修理工場を再開した。シンソルドン(新設洞)空地に無許可ではじめた事業だったが、他社よりも速やかに処理する代わり修理費を高く付ける方式で事業を拡張していった。
▽悪夢の高靈橋工事
大邱(テグ)とコチャン(居昌)を結ぶコリョン(高靈)橋が、朝鮮戦争(韓国戦争)の最中に、破損されたことから、政府は1953年、この橋を復旧することに決定、戦争前に現代建設を設立した鄭周永氏に担わせた。
しかし、この工事は鄭周永氏に難物となってしまった。季節にそって変化するナクドン(洛東)江の水深と劣悪な装備施設、予想できなかった大水などが工事を阻害した。
家族と同僚らは、工事を中断するよう求めだが、鄭周永氏は「事業において信用は最優先」だとの信念を貫き、兄弟の住宅まで売り、借りられる融資は全て借りながら、1955年、ついに契約した期限より2カ月遅れて工事を完工させることに成功する。
▽中東神話の序幕 ジュべイル港湾工事
1976年、サウジアラビアが発注したジュべイル港湾工事は工事金額だけで当時の韓国の予算額の半分に迫る9億3000万ドル(当時のレートで約4600億ウォン)で、世界の建設業界が「20世紀最大の歴史」と呼んだ工事だった。紆余曲折の末、9億3114万ドルで落札した。
工事を進行していた鄭周永氏は新しいアイデアを構想した。全ての機資材とコンクリートスラーブを蔚山(ウルサン)造船所で製作し、世界最大の台風地域圏であるフィリピン海洋を通って湾岸湾まで大型バジー船まで運搬することだった。
このようにジュべイル産業港工事を成功的に終えた後、現代建設はクウェート・シュアイバー港の拡張工事、デュバイ発電所など中東一帯の大型工事を引き続き獲得した。
ハ・イムスク記者 artemes@donga.com






