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[コラム]「ポピュリズム」、警戒すべき対象

[コラム]「ポピュリズム」、警戒すべき対象

Posted December. 13, 2000 11:15,   

「私のために泣かないで、アルゼンチン」は映画エビータのテーマソングである。切ないメロディーにエバ・ペーロンという「伝説的」な女性の波乱に満ちた人生を唄ったこの曲が、なぜかこのごろよく聞こえている。どうして私たちはこんな目に会わなければならないのだろうか、つい嘆いてしまう。

エビータはアルゼンチンの大統領だったペロン夫人のニックネームである。彼女は国民から大々的な支持を受けた。もちろんペロンもヒーローのような処遇を受けた。ペロンは1946年大統領になる。労働者と農民など社会的弱者と貧困階層が、彼を支持した。ペロンは9年間権力の座にいたが、結局、失脚してしまう。しかし、彼に対するアルゼンチン国民の支持はそれからも続き、1973年再び権力の座に戻った。1年後、彼が死んだ後は、もう一人の夫人が大統領職を受け継いだ。1976年、クーデターが発生する。ペロンの時代は幕を下ろすかのように見えた。だが、彼の政治的遺産はしぶとく生き残り、今日にいたるまでアルゼンチンの政局を左右する大きな変数となっている。

興味深いのは、ペロンまたはペロン主義に対するアルゼンチン国民の評価が両極端に分かれているということだ。多数の国民、特に貧困階層はペロン時代への郷愁をいまも持ち続けている。一方、インテリ階層を中心に彼に対して批判的な人々は、エビータとペロン、そして彼らが残していったペロン主義をひどく怨んでいる。アルゼンチンを駄目にした張本人だと思っているからだ。なぜかラテンアメリカには第2、第3のペロンが多い。こういう政治指導者と彼らの追随者らの政治行動を、ポピュリズムという概念で現す。

ポピュリズムを翻訳するのは簡単ではない。一時は、‘民衆主義’とも訳されたが、それは全く間違った翻訳である。社会的弱者に対して暖かな接触を追求するかのようにみえるが、実際は「民衆」の名を借りただけのでたらめなイデオロギーであるからだ。

ポピュリズムを主導する政治指導者は、大抵改革を全面に押し出している。しかし、言葉だけの改革で、実際の中身は何もない。権力を得て、大衆の政治的支持を得るために、必要な事は何でもかまわずにやって退けるのである。ペーロンは‘正義’や‘第3の道’などと華麗な修飾語を飾り立てているが、実際は中心も原則も何もない空のスローガンに過ぎなかった。政治的便宜主義、つまり機会主義がポピュリズムの本質である。

ならば、南米の大衆はどうしてこういうポピュリズムに熱狂したのだろうか。大衆も同じく機会主義者だったのである。産業化の流れの中で、大勢の人が都市に集中した。金もなく、仕事もない貧しい人たちにとっては、その日その日の暮らしが大変だった。そうした限界的な状況の中では、長期的な観点など必要ないのだ。社会を合理的に改革するよりは、今即時に実利を得る事が何よりも至急だった。ポピュリズムはこのような焦りの気持ちの中に根づいたのである。

改革と言う名の下に量による攻勢が始まった。貧しく、力のない者を助けると言うのだから、文句など言えない。低所得階層の賃金を引上げ、福祉を改善する内容の様々な政策があふれ出ている。中産層も中産層なりにその甘い汁を吸おうとした。誰も損しない、一石二鳥の政策、これがポピュリズムが目指す所である。

そのような「ウィンーウィン戦略」は如何にして可能なのか。その原理は簡単だった。国家の蔵を開放するのだ。エビータは、救いの手を差し伸べる者には、誰であれ愛を施した。飢えて貧しい人を見ると、たまらなかったのだ。つまり、国民の誰もがその姿に感動したのである。まさに天使そのものだ。その人気は天を突くほどだった。しかし、苦痛無き未来は有り得ない。主人はおらず客だけが増えるばかりの様相であるならば、国家経済の行く末は目にみえている。

韓国社会がこのまま立ち直れないのではないかという懸念が広がっている。その中でポピュリズムという言葉が、死の啓示録のように韓国社会に拡散しているのだ。政治家から企業家、労働者に至るまで、みな国政など自分とは関係無い事のように振る舞っている。無責任で機会主義的な、しかも目の先の利益だけにこだわっている。果たしてどうすればいいのだろう。私たちも「エビータ」を唄うはめになるのだろうか。ポピュリズムという亡霊は、すでに私たちの背後まで迫っている事を忘れてはいけない。