『金正日(キム・ジョンイル)政権が崩れない限り、いかなる支援もしてはいけないという黄長鎏(ファン・ジャンヨプ)元北朝鮮秘書の主張は現時点からみれば、適合性に欠けてはいませんか?』
「政府が黄氏の口を塞ごうとする理由がわかりません」
最近政治権と国家情報院により激しい論争が繰り広げられたが、「黄長鎏の波紋」を注視する国民の反応はそれとは相当なる隔たりがある。黄氏が北朝鮮では主体思想を体系化した「大学者」であったのかもしれないが、取材過程で出会った市民らは、黄氏の極端的な主張に対して大半が同感していなかった。黄氏と同じ立場である北朝鮮からの亡命者らさえ「支援はしても韓国側の現実を勘案して物量は調節しなければならない問題だ」とし、黄氏とは異なる見解を示した。
ところが、政府が黄氏の波紋で見せた態度は失望的なものであり、気の毒な側面が多く見られた。黄氏の対外活動を制約したのが事実でありながらも、波紋が広がると幾度にもおよび言い訳を並べては結局、「安家(国家情報院)から出てくれ」とつれない反応を見せた。紆余曲折の末、「特別管理体制(政府が直接的に保護するシステム)」することにしたとしても、政府機関の姿勢としてはつたない感じだ。
しかし、これは氷山の1角であるかもしらない。より重要な問題は分断以降、初めての首脳会談などによって南北関係において新たな道を開いた「太陽政策」に対する自信と国民に対する信頼感の欠如であると言えよう。仮に黄氏の主張に同意する一部の人が存在するとしても、黄氏の口にはみをもくわえさせる必要があるのか、との意見が意外と多かった。
自由民主主義の最大のメリットは、お互いの思考が異なるものであろうと、「思想の自由公開市場」にさまざまな意見を出し合い、国民が自ずから選べるようにするところにある。これは国民自らの賢明な判断を信頼することを前提としなければならない。こうした信頼さえも形成できないまま、いかにして「国民の政府」と言えようか。
また「異なる思考」を自由に話せるような雰囲気を作り上げることこそ、今回の波紋のような国家政策の枠組みが個人の突出した行動によって振り回されないだけでなく、南北和解政策においてもより望ましく成功へと進む近道ではなかろうか。
河宗大(ハ・ジョンデ)記者 orionha@donga.com






