朝鮮時代(李朝時代、1391ー1913)、わが(韓国)先祖らは中国や日本の絶え間ない侵攻にもかかわらず、500年間にわたり国を守り、誇らしい士人(ソンビ・儒学者)精神文化を継ぎ発展させてきた。こうした業績は全国民による団結した力の結果だともいえるが、国を守り、文化を花咲かせることにおいて最も寄与したのは、その時代に生きていた‘士人(ソンビ)’らの強直で落ち着いた精神力にあったのではないかと思われる。現在の韓国が中心を失い揺れている現実を見極めながら、‘士人精神’が廃れていることに名残惜しむのは、私だけでななかろう。
朝鮮時代の士人はすなわち儒学に通じており、人間には守らなければならない道理があると信じていた。したがって士人としてそん色のない士人らはその道理に恥じることのないよう正しく生きていくため、常に欲を抑えてきた。道理を守りながら富貴をも享受できるなら、あえてそれを避ける理由はなかった。しかし現実的に道理を守り富貴を享受することは、大変難しい事であったが故に、士人らは常に過剰な物欲と権勢欲を自制し清らかに生きることに努めた。
私的な利益よりも共同体の利益が優先すべき、だというのは、士人として恥じない士人らの共通する信念であった。彼らは個人としての‘私’より家族を先に配慮し、家族よりも国家と民族がより重要だというイデオロギーを抱いて生きた。偉大な士人として尊敬される人物らは、「大我」のために生きたと言えよう。
朝鮮時代の士人らは特に「義」を崇めた。彼らは不義とは一切妥協せず、時には命をかけてまで勇ましく戦った。いくら国王といっても望ましくない道を選ぶと、重罰覚悟で忠告をしたり、隣国から侵攻を受けた際は国のために真っ先に義兵を興したりもした。
しかし優れた士人は、謹厳(きんげん)と強直だけを崇めはしなかった。真正なる士人とは、自然と一体となりながら、享楽に興じる風流家として、心の余裕を持てるよう生活を設計していた。多くの士人は詩文と書画を好み、時には音楽と武芸に心酔することもあった。
朝鮮時代の士人らにおける清らかさと強直さ、そして豊かな精神力が、朝鮮時代の500年余りを支えてきた精神的な心張りの役割を果たしてきたと言っても過言ではないはずだ。ところが現在、韓国を支える精神的な心張りの役割を誰が果たしてくれているのか。また、どのような集団が灯台になってくれるのか。
一時、政権とその周辺の人達が国民を道徳的に導いて行こうと試みたことがある。「国民教育憲章」の制定がその代表的な例だ。しかし政治圏が主導する倫理運動は、間もなく壁にさし当たった。今後も政治に対する不信が消えない限り、政治家が灯火になることを期待するのは、なかなか難しい模様だ。他に、影響力のある集団として経済家を挙げられる。しかし、政治家との内縁関係がまだ解決されていない現状況では、経済家にかけられる期待にも限界がある。
三番目に浮かぶのは、大学人、教育者、宗教人そして言論人など、いわゆる「知識人」階層だ。我々は「4・19革命」(民主化運動)の当時、大学生と教授が舵を取って国のために戦ったことを鮮明に覚えている。軍事政権に入ってからも多くの学生らが独裁政権に対して抗拒運動を繰り広げ、教授らもそうした学生らに対して心からの声援を送った。大学社会が知性人を代表する集団として面目を施したのである。
しかし70年代中盤から学生運動の主導勢力が左翼の色を明らかにすることに沿って、教授らはその動きに対して懐疑を抱くなど大学生らのあいだで分裂現状が現れた。そうして時間が経つにつれ、共産主義国家が崩壊し始め、軍事政権の羽振りも徐々に崩れていった。こうした変化は、わが国の知性社会が団結し対抗する対象を無くしたという錯覚をもたらすに充分な出来事であった。
しかし東欧諸国が崩れ、軍事政権が退いた後にも、わが国には多くの問題が残っている。国の根本を揺るがし得る問題だ。この問題から国を守ろうとする勢力が皆無ということではないが、団結力が足りない。朝鮮時代の士人を鑑み、今日の知性人らが力を1つにするべき時点ではないだろうか。






