Go to contents

[オピニオン]面接官が見逃す創造力

Posted January. 28, 2013 07:37,   

「金曜日午後2時半、サンフランシスコでフェイスブックを使う人は何人いるだろうか」。グーグルが採用面接で求職者に投げかけた質問だ。最近、韓国企業の面接官らも同様の質問をしている。流行っいるような気がする。そのようなユニークな質問リストを目にしながら、「さすが世界一流の企業は変わっている」と感心するより、首をかしげたくなる。あのような質問で、果たして人の創造力を見計らうことができるだろうか。創造的だが、言葉での表現力の落ちる人たちも多い。最高のシンガーソングライター(singer songwriter)が、芸能番組に出演し、冷や汗をかく場面を見ても、きれいに回答することこそ創造力ではない。

◆面接官が首を縦に振る回答からは、従来の枠組みを壊す発想を期待するのは難しいかもしれない。本当に創造かつ挑戦的なアイデアは、最初は賛辞より無視されることもある。「ソ・テジと子供ら」を最初に接した大衆音楽専門家らは、酷評とともに70点台の点数をつけた。ある意味では当然かも知れない。時代に取り囲まれた審査委員は、時代を先駆けるアイデアはなかなか見抜けない。チャレンジ精神や創造性を評価するというさまざまな試験に、首をかしげる理由だ。やや斬新な人は高い評価を受けるが、朴訥な天才は、苦杯を飲みかねない。複雑な選考や圧迫面接よりは、学歴試験やトーイック点数のほうがかえって有効であり、さらに公平な選抜制度だという気さえするのもそのためだ。

◆気の毒なのは、そのような流行を一所懸命に追いかけていかなければならない若者らだ。大学生のインターン記者らの自己紹介書を読むと、広告コピーのように目立った文章のなかで、かえって道を失い、混乱に陥ってしまう。最近はそのように書かなければならないという。批判無しに流行を受け入れる人が、どうして創造的人材なのか。挑戦が商品になる場合もある。大型本屋にいけば、一つのコーナーがいわば「挑戦記」だ。どこどこを旅行してきたとか、何々というボランティアをしたとか、しかじかの人たちと会ったとか、という内容を読んでいれば、これも同様に、「許可を受けてのチャレンジ」、「評価を受けるための挑戦」ではないかという不快な気がする。7級公務員試験に詰め掛ける有様にももどかしさを感じるが、挑戦のための挑戦なら、それもむなしい。

◆若いから目立たなければならない。若いから挑戦しなければならない。若いから痛みを感じなければならない。若さを決め付けることは、本当に多い。しかし、世間が、本物の挑戦や本物の個性、本物の苦痛を見抜いてくれるかどうかは、懐疑的だ。公募展に何度も落ち、面接に何度も落ち、海外旅行に行ってないことを理由に、自分の創造性を疑ったり、苦しんだりすることなどない。限りなく軽いこの時代にも、二つだけ確実なことがある。一つ目は、さまざまな物差しで若者たちを評価する人たちは、若者より先に退ける。二つ目は、結局、誰もが自分の能力を自己紹介書や機転のきいた回答ではなく、結果で示さなければならない。

チャン・ガンミョン産業部記者 tesomiom@donga.com