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その生涯のように乱れることなく淡泊に

Posted November. 26, 2022 08:31,   

Updated November. 26, 2022 08:31

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「私の内面には真如自性(心の本来の性品)または自分と言おうか。変わらないものがあった。私の心の奥深くにある純粋さと不動の勇気、遠い先祖から綿々と受け継がれた謙遜と配慮そして礼義廉恥の精神がそれだった」

2007~09年、第44代大韓弁護士協会長を務めた著者が3年かけて書いたという自叙伝は確かに淡泊だ。1943年に生まれ、韓半島に押し寄せた多くの荒波を経験した世代だが、文に一切の乱れがない。生涯法曹人として生きてきた人らしく適確な言葉を駆使することは予想されたが、自らを表わす文がこれほどに実直であることは簡単なことではない。

本はタイトルのように実直に生きてきた著者の生涯を静かに解きほぐす。幼い頃の記憶から1963年に司法試験に合格した後、23年間ソウル地方検察庁や大検察庁などに身を置いた検事生活。その後、国家人権委員会非常任委員、放送通信審議委員会委員長、最高裁判所量刑委員会委員長など、生涯社会に奉仕する人生を歩んできた。

これとは別に印象深いテーマが2つある。まず、著者は同書で一度も「他人のせい」にすることがなかった。生きてきてすべての関係がうまくいくことはなかっただろうが、特になじったりけなしたりすることはない。これは他人の心を傷つけることがないよう配慮した著者の性情に起因したが、子どもの大学入学時に「自分の子どもの合格だけを祈るのではなく、すべての受験生の合格を祈ろう」という妻の性格も影響を与えたようだ。

もう一つは、著者が何かをする時は、いつも家族に相談するということだ。同書はこれを詳しく扱っていないが、ある提案を受ければ必ず「家で相談したら家族が賛成した」という表現が出てくる。自叙伝の執筆も、長男の勧めで始まった。放送通信審議委員会委員長時代、心を開いて対話を通じて問題を解決した姿勢も、このような「家和萬事成(家和して万事成る)」によってなされたのではないだろうか。公正が重視される昨今、若者の師表になり得る。


丁陽煥 ray@donga.com