Go to contents

妻の死後に激しくなった筆致 「世界の顔が変わった」

妻の死後に激しくなった筆致 「世界の顔が変わった」

Posted April. 22, 2026 08:54,   

Updated April. 22, 2026 08:54


乾いた木の枝に灰緑色の葉が気乗りしないようにぶら下がっている。その上に遅い午後の光が傾き、気まぐれな雲は今にも風雨をもたらしそうだ。黄ばんだある日の古い記憶のようでもある。

近代英国を代表する風景画家ジョン・コンスタブル(1776~1837)の遺作「アランデルの水車場と城」には、最後の作品であることを示すかのように複雑で微妙な感情がにじむ。速い筆致と重厚な絵の具が交錯し、画面の随所はパレットナイフで整えられ、荒々しく切迫した印象を与える。

ソウル永登浦区(ヨンドゥンポグ)のザ・現代(ヒョンデ)ソウル ALT.1で開かれている「レンブラントからゴヤまで:トレド美術館名作展」に展示されている同作は、コンスタブルが作品の制作途中で息を引き取った作品だ。1837年3月末、春風が吹く中、61歳でこの世を去った。

絵の具が乾ききる前だったが、友人の画家チャールズ・ロバート・レスリーは十分に完成していると判断し、同年の王立美術アカデミー展に出品して世に紹介した。トレド美術館は「晩年のコンスタブルの絵画が到達した深みと省察を示す作品」とし、「自然の実景と変化に富む光、人生の感情が忠実に込められている」と説明する。

彼の人生後半は黄金期と暗黒期が交錯した。風景画家として円熟し評価を得る一方、不惑を過ぎて長年の友人マリア・エリザベス・ビックネルと結婚した。しかし幸福は長く続かなかった。1828年、愛する妻を失い、深い悲嘆に沈む。当時、弟のエイブラムに宛てた手紙で「もはや以前のようには感じられない。私にとって世界の顔は完全に変わってしまった」と記した。

その後、青空と積雲の下で牛がのどかに草をはむ「ワイブンホー・パーク」(1816年)のような作品はほとんど描かれなくなった。妻の死後まもなく完成した「ハドリー城」(1829年)では、今にも嵐が押し寄せるかのような風景が広がる。廃墟同然の城と乾いた低木が陰鬱な雰囲気を強める。

やがて王立美術アカデミー会員に選出され、1830年代には教育にも携わるなど画家としての栄誉を得たが、成功が絶望と悲しみを完全に癒やすことはなかったようだ。レスリーは回想録でコンスタブルについって「彼は晩年の多くを黒い服で過ごし、外見からも深い苦悩を抱えていることがうかがえた」と記している。コンスタブルは風雨に湿った郷愁を帯びた「アランデルの水車場と城」を残し、先立った妻の傍らに眠った。


イ・ジユン記者 leemail@donga.com