贈君一法決狐疑
不用鑽龜與祝蓍
試玉要燒三日滿
辨材須待七年期
周公恐懼流言後
王莽謙恭未篡時
向使當初身便死
一生真偽復誰知
本心が通じなかったり、屈曲した人生に苦しむ時、人は時に占いで心をなだめようとする。しかし、友よ、真実はしばし隠蔽されても、永遠に埋もれはしないということを覚えておこう。玉と木がわずかの時間の検証を経て、真の姿を露にすることと同じ道理だ。
周公と王莽の場合を見てみよう。甥の成王を補佐した周公は、王位を狙っているというデマを恐れたが、最後には世の陰湿な攻撃から脱することができた。一方、王莽は普段から謙虚で忠誠心があるように見えたが、王座を奪ったことで、その偽善が天下に露わになった。忠臣と奸臣、真心と偽善は、それゆえ「事必帰正(事、必ず正しきに帰す)」ということだ。
詩は、白居易が権力者との不和で左遷されて書いた五首連作の一つ。これに先立ち、友人の元稹も左遷生活を送り、同様の題名の連作を詠んだことがある。
元稹は、是非曲直(物事のよしあし)が転倒した世を嘆き、時代の潮流に順応するのか、さもなければ隱忍自重で時を待つのか悩み、意気消沈した心を詩に盛り込んだ。友のこのような心を推し量り、白居易は歴史と歳月による癒し方を説く。同じ境遇にいる者同士、慰め合えるものだ。
成均館(ソンギュングァン)大学名誉教授