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ビクトリア時代のモナリザ

Posted May. 09, 2019 08:55,   

Updated May. 09, 2019 08:55


「母性のアイコン」「ビクトリア時代のモナリザ」と呼ばれるこの絵。おそらく母親を描いた絵の中で最も有名で愛されている絵だろう。印象派画家たちの友人だった米作家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの代表作だ。1855年、パリ留学に行った彼は、4年後ロンドンに定住した。この肖像画は、パリで注目されなかったホイッスラーを一躍スター作家にした。絵の中のモデルは、若くて夫と死別し、貧困の中でも精一杯子供たちの世話をした画家の母親だ。画面の中に黒のドレスを着た老母が椅子に座って、両手を集めて正面を見つめている。無彩色のカーテンと絵のある灰色の壁は質素でありながら、教養のある彼の過去の生活を推測させる。落ち着いていながらも禁欲的で、慈愛深くも強く見える理想的な母親の姿だ。しかし、当の画家自身にとっては、母親の人物描写よりも絵画そのものの形式、すなわち、線と色の配列と構成が重要だった。だからタイトルも「グレーと黒の構成第1番」と名付けた。サブタイトルは、展覧会の時に追加されたものだ。

この絵は、作家が意図したものではなかった。1871年のある日、約束したモデルが現れなかったので、一緒に住んでいた母親が代わりにモデルになったのだ。もともとは立っているポーズを描こうとしたが、当時67歳だった母が苦しがったので、椅子に座った横顔に変えた。老母が10回以上も苦労してポーズをとって完成された絵は、その翌年、王立美術院に展示された。反応はどうだったのだろうか。

今と違って、あらゆる非難と嘲笑が殺到した。当時英国では「ラファエル前派」(1848年に結成された英国の画家団体)の感性的で華やかな絵が主流なので、このように素朴で清教徒的な絵は無視された。この絵が母性のアイコンにされたのは1930年代の米国においてだった。1933年、シカゴの世界博覧会に出品された時、画家の狙いとは関係なく、大衆は母性の象徴として受け入れて熱狂し、米政府は1934年、この絵の切手まで発行した。母の肖像のおかげで、彼は米国の国民的画家になったのだ。