血気旺盛な20代序盤の金炳賢(キム・ビョンヒョン、33)はマスコミとぎこちない関係だった。アリゾナ・ダイヤモンドバックスのワールドシリーズ優勝に貢献した01年。彼はシーズンが終わった後、母校の光州(クァンジュ)無等(ムドゥン)中学校を訪問しようとしたところ、記者らのカメラを発見しては逃げてしまった。「対人忌避症」という修飾語がつき始めたのもあの頃だ。
そうだった彼が「親切な炳賢さん」になった。18日、ネクセン入団に合意した彼は米ロサンゼルスを離れて、20日午前仁川(インチョン)国際空港に到着した。ところで、予定より1時間以上早く飛行機が着陸したため、多くのカメラ記者が彼が到着する姿を撮れなかった。金炳賢は既に記者会見が予定されていた仁川ハイアットリージェンシーへ移動した状態だった。
戸惑ったカメラ記者らはネクセン関係者に「金炳賢を再び空港へ呼んでくれることはできないか」と要請した。ホテルで朝食を注文するところだった金炳賢は喜んで空港へ戻ってきた。そして、空港の入国場で笑みを浮かべたまま、カメラに向かって手を振った。
金炳賢は記者会見場で、「私、変なやつではありません」と冗談をかけた。過去の姿とは全く違っていた。彼は03年、ボストン・レッドソックス時代、自分に揶揄を飛ばすホーム観衆に向かって中指を立てて非難を受けた。
しかし、金炳賢をすぐそばで見てきた仲間の選手らと知り合いの言葉は一筋だ。礼儀正しく、義理があって、男らしい性格の持ち主ということだ。同日も彼は率直な気持ちを打ち明けた。
金炳賢は、「私に対する間違った偏見と誤解があるが、ネクセンも同じだった」と話した。
「成均館(ソンギュングァン)大学2年生の時、米プロ野球に進出して急に有名になった。適応期間が必要だったが、それが持てなくて良くないイメージができたようだ。ネクセンもそうだった。選手をお金とばかり考えて、年俸をきちんと支給しないと聞いた。甚だしくは駐車場で練習させるという話まで聞いた。しかし、ネクセンのイ・ジャンソク代表と直接会ってから誤解が解けた」
金炳賢は韓国に帰ってくる考えがないと言った理由について、「私の体調が気に入らなかったため」と釈明した。しかし、昨年日本の楽天で球を投げながら、自分の身体が元通りに回復していることを感じて復帰を決心したという。「元々米国が1順位だった。ところで、米国にいる間、とても寂しくても昔のような緊張感もなかった。韓国で野球を楽しみながらボールを投げたかった。韓国に帰ると言ったら、妻と両親が喜んだ。大事な家族が喜ぶから、私も気分が良かった。これからは何もかもうまくいきそうだ」
国内舞台に立つようになった金炳賢が今年もカメラを避けて逃げるだろうか。彼は、「野球ができなかったら、マスコミを避けるようになるだろう。しかし、うまくできたら、そのようなことはなさそうだ」と言って笑った。金炳賢らしい答えだった。
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