17日に正式に発足した「国民参加党」(参加党)は、「盧武鉉(ノ・ムヒョン)継承党」と呼んでも過言ではないほど盧武鉉色一色だ。参加型政府の「参加」から党名がつけられた。立党宣言文では、「私たちは、大韓民国第16代大統領盧武鉉の人生を党員の人生と党の政治的実践を規律する鑑とする」と宣言した。党代表に選出された李在禎(イ・ジェジョン)元統一部長官をはじめ、千皓宣(チョン・ホソン)元大統領広報首席ら5人の最高委員もみな盧政府で働いた人々だ。党綱領は、盧前大統領が平素主張していた内容をほぼそのまま持ってきたようなものだった。こうなれば「親盧連帯」という党名でもよさそうだ。
◆親盧グループの政治勢力化は、以前から噂が流れていた。盧前大統領が退任後にホームページを作った時は、政治勢力化のための事前準備という推測まで出たが、彼らは否定した。しかし、参加党自ら明らかにした立党経緯を見ると、公式の立党提案は盧前大統領死去後の09年8月だが、初期立党提案文の作成は、生前の08年10月に始まっていた。盧前大統領が、立党準備にどのような役割をし、立党後にどのような役割をする計画だったのか。
◆参加党の第1次のターゲットは、6月の地方選挙だ。全国で20%の得票率を獲得して慶尚道(キョンサンド)と全羅道(チョンラド)で第2党の地位を確保し、首都圏で少なくとも1人の広域自治体首長を輩出することが目標だという。参加党は、地域によって「野党連帯」も模索すると言うが、別の野党の内心は複雑だ。特に、野党連合を模索していた民主党は、不満げな様子を露骨に表わしている。参加党が再び合党劇を演出し、持分をせしめるという観測もある。
◆第17代総選挙の前に「盧武鉉党」として発足したヨルリン・ウリ党は、「100年政党」の夢をわずか3年8ヵ月で断念し、歴史の中に消えた。李在禎代表は、「これから10年、50年、100年の未来を国民とともに設計し…」と言ったが、参加党がどれだけ持ちこたえるか今後の見どころだ。今の民主党は変身があまりにも複雑で、覚えることもできない。選挙の度に繰り返す政党の離合集散は、韓国政治の後進性を示す慢性病だ。
李進寧(イ・ジンニョン)論説委員jinnyong@donga.com






