
普段よく出ていた携帯電話の電源が一日中切れていた。「電話がかかってき過ぎて、バッテリーが切れたんですが、充電器がなくて…」。
李孝貞(イ・ヒョジョン、27、三星電気)は、北京五輪バドミントン混合ダブルスで金メダルを取ってから有名になった。パートナーの李龍大(イ・ヨンデ、20、三星電気)が「ウィンク王子」と呼ばれて最高の人気を集めていることを機に、周りから関心も集まっている。「李孝貞」としてではなく、「李龍大のパートナー」として浮上している様子だ。
それでも李孝貞は、「25日に帰国したら、龍大が完全にスターになっていました。龍大と一緒にプレーする私を嫌う女性ファンが出てくるのではないかと心配です。でも、気にしません。バドミントンに対する愛情さえ大きくなってもらえれば、そっちの方がよほど重要なことですから」と話す。
李孝貞は未完の大器だった。181センチという優れた身体条件を持っているものの、精神的に弱いのが問題だった。どこまでも「お人よし」な性格で、成功したスポーツ選手によく見られるような勝負強さがまったくなかった。交通事故でもう10年以上も寝たきりの父親と、貧しい家庭環境も子どものごろから心の傷になっている。
北京五輪の女子ダブルスでもそうだった。1年先輩の李敬元(イ・キョンウォン、28、三星電気)とパートナーを組んだ決勝で、李孝貞はとんでもないミスを連発した。1996年アトランタ五輪の混合ダブルス金メダリストのキル・ヨンア三星電気コーチは、「負けるためにプレーしているみたいだった。到底理解できなかった」と残念がった。
どうしてだったのだろう。李孝貞は、「混合ダブルスよりは、心では女子ダブルスの優勝を狙っていた。3月の全英オープンで中国選手を3試合連続で下し、決勝まで進んだので、自信もあった」と振り返った。しかし、同じ釜の飯を食って10年になる、本当の姉のように頼り、精神的な支えであった李敬元が決勝で足を怪我し、試合の途中、2回も治療を受けたことで、大きく動揺した。
「怪我した敬元姉さんを気にして、もっと頑張らなきゃという負担がかえって試合を駄目にしてしまいました」
金メダルに届かなかった無念さで、李孝貞は李敬元の胸に抱かれて涙を流した。
2日後の混合ダブルス決勝で、李孝貞は変わっていた。7歳年下の李龍大との呼吸は完璧に近かった。ネットプレーではテンポの速い攻撃で、インドネシアの選手を翻弄し、後ろからも重みのあるストロークが威力を発揮した。
夢にまで見てきた金メダルを首にかけた李孝貞は、「背が高くいから、みっともないと思い、コートで横になることはしなかった」と、余裕すら感じられる感想を述べた。
李孝貞は月給や賞金などを集めた金で、両親のため、釜山市北区亀浦洞(プサンシ・ブクグ・グポドン)にあるマンションを購入するほど親孝行な娘だ。視力が0.1しかなく、試合の時はコンタクトレンズをする李孝貞は、私服の時は、服に合わせて4〜5個あるメガネから選んで着用するなど、お洒落にも気を使う。毎年、忘年会での祈祷では、「恋人ができるように…」と願っているという。
韓国シャトルコックの看板スターになった李孝貞は、「五輪を機にさらに一段階上がったような気がします。来月7日からは台湾オープンで国際大会に復帰しますが、期待が大きくかかっている分、肩の荷が重いです。一からやり直しです。龍大、敬元姉さんも同じです」と話した。
kjs0123@donga.com






