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ハンファの鄭鏜哲、「智異山で特別な忘年会」

ハンファの鄭鏜哲、「智異山で特別な忘年会」

Posted January. 05, 2008 07:23,   

「良き友だちを連れて、山へ登る。あの岩山の頂上には登っても登らなくてもいい。登るところまで登っては、どこにでもべったり座るといい。友よ、君の得意な草笛を聞かせてくれないか。谷間の虫たちが這い出て、踊りでも思い存分…。ゆっくり気楽に山へ登る。ここの辺で遠くを眺めてみたい」(詩人・李ソンブの『智異山』の一部)

プロ野球のハンファの投手、鄭鏜哲(チョン・ミンチョル、写真)の気持ちは、まさにそんな気持ちだった。今年35歳のネズミ年。戊子年のネズミ年を控えた昨年12月26日から5日間、彼は智異山(チリサン)に泊まった。仲良しの友人、現代(ヒョンデ)の洪源基(ホン・ウォンギ)と、チームの同僚で大田(テジョン)高校の後輩コ・ドンジン、ユン・ギュジンが一緒だった。

鄭鏜哲は智異山の老姑壇(ノゴダン)、般若峰(バンヤボン)、三道峰(サムドボン)、天王峰(チョンワンボン)、ベムサゴルなどを登りまわりながら、一年の締めくくりをした。

「昨年は僕にとって大きな意味がある一年でした。4年ぶりに2桁の勝利(12勝5敗)をして、僕がまだまだ健在であることを証明したのですから」

彼は山が好きだ。シーズンが終わると大小の山を訪れる。山へ登ると、あらゆる雑念が消える。彼は、「智異山を歩きながら、新しいシーズンに新しい覚悟で臨むと覚悟した。今年は、昨年よりさらに1勝を加えることを目標に据えた」と話した。

1992年にプロデビューして通算115勝112敗で防御率3.33を記録した鄭鏜哲の2004年は、暗鬱なものだった。肘の痛みで6敗だけを記録した。そうだった彼が2005年9勝、2006年7勝、昨年は12勝をあげたのは、剛球の代わりに制球力の投手に衣替えしたおかげだ。彼は、「30代中盤の年にマウンドで生き残るためにはスピードを捨てるしかなかった。その代わり、私が投げたいところに正確に投げられる力をつけたのが役立った」と話した。

鄭鏜哲は15日、チームの海外合宿先のハワイへ向う。彼は、今季も負傷することなく「ベテランの力」を披露したいと言った。「機会があったら、3月の北京五輪予選第2戦に出場したい」という言葉が頼もしかった。



beetlez@donga.com