盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は19日、光州(クァンジュ)地域の市民団体関係者と会い、「政治で最も重要なことは大義だが、その次が大勢だ。私が属する組職の大勢に逆らう政治はしない」と述べた。前日の5・18民主化運動記念のあいさつで、与党陣営と民主党間の統合論議を「地域主義への後退」と規定した発言から180度方向を変え、統合の掛け金を解いたのだ。
同日、ドイツ訪問から戻った金大中(キム・デジュン)前大統領は、「国民が望んでいるのは二大政党制だ」とし、持論である与党陣営の統合を重ねて強調した。昨日はハンナラ党を離党した孫鶴圭(ソン・ハクキュ)前京畿道(キョンギド)知事と会い、「北朝鮮は孫前知事に積極的なようだ」と激励までした。孫前知事は、金前大統領の「太陽政策」の継承者を自任した。
これまで盧大統領は、「ヨルリン・ウリ党のアイデンティティ」を強調し、地域連合に反対してきた。金前大統領は、「白猫であれ黒猫であれ、ネズミ(ハンナラ党)を捕まえさえすればいい」というより柔軟な姿勢を取ってきた。その2人が、大統合を合唱して全面に出たことは、統合新党論議が遅々として進まず、与党陣営が四分五裂すれば、大統領選はするまでもないという切迫感のためだ。
しかし、両者のこのような行動は、旧態の典型である。親盧勢力の温存と太陽政策の維持のためなら、理念、地域、人物を選ばず、反ハンナラ党勢力を一つに集めるという徒党政治、乱雑政治に相違ない。大統領選時になれば外郭に別途の支持グループを作り、選挙が切迫すれば統合する金前大統領の典型的な「合従」の手法でもある。両者の前で民主政党政治の根幹である責任政治を取り上げること自体がこっけいだ。その一方で、「国民」だとか「大義」だとか、聞こえのいい言葉だけ選んで使っている。
さらに見ものなのが、両者の発言をめぐり、大統合を主張するウリ党と「失政の責任がある人物の排除」を主張する民主党が、「大統合を支持した言葉」「原論的表現にすぎない」と言って争っている姿だ。間違いなく3金時代のボス政治の再版である。与党陣営は今からでも、盧大統領と金前大統領が果たして韓国政治の未来なのか、胸に手をあてて自問してほしい。






