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[オピニオン]賄賂の美術大展

Posted May. 18, 2007 03:14,   

1960年10月に大韓民国美術展覧会(国展)が開かれていたソウル・徳寿宮(トクスグン)の外壁に大型の絵が掛けられていた。12人の若手画家が国展に反対するために開催した「壁展」だった。この展示会に参加した尹明老(ユン・ミョンロ)ソウル大学名誉教授は「世界の美術の流れが急変していた時期に、韓国だけが型にはまった政府主導の公募展に拘っているという事実を広く知らせようとしたものだった」と回想した。国展をめぐる是非は、以前から絶えなかった。審査結果に不満を抱いた受賞拒否、展示作品の中途の撤回、国展に落ちた美術家の別途の「落選展」など多様な事例が多い。

◆反国展の感情は、国展の人気がそれほど高いということだった。政府が美術振興策で1949年に始めた国展は、無名の芸術家らが認められることのできる唯一の通路だった。国展で大統領賞を受賞すれば、一夜にして有名人になった。審査の公正さが何より重要だったが、審査が終わる度にあらゆる醜聞が聞こえた。賞を受賞するためには審査委員たちを尋ね、出品作の写真とともに金を渡さなければならないと言われていた。

◆1978年に地方展示中だった国展の入賞作58点が盗難にあった事件は、国展の廃止を急き立てた。1982年に政府は、国展の運営を美術人団体である韓国美術協会に任せることにした。「大韓民国美術大展」に名前を変えて民間行事に転換したのだ。国が展覧会を開催し賞を配ることは政府がすべきことではなかった。それでも醜態は続いた。皆が美術界の自律に任せれば解決されることだと思っていたが、何にも変わってない。

◆美術大展の不正がまた浮上した。審査が公正なのかを監視すべき美術協会の理事長が、不正の先頭に立った。すべて腐敗したと言われても美術界には言い返す言葉がない。長い間、低迷していた美術市場がせっかく回復しつつある時期に、自ら招いた事件だ。内部の自浄をただ待っている段階ではない。世界的に美術品の優劣を分ける公募展の意味は褪せている。芸術的価値に対する判断は、可変的かつ主観的なものだからだ。美術発展に寄与はあまりなく、不正だけをけしかける美術大展は、廃止されなければならない。

洪賛植(ホン・チャンシク)論説委員 chansik@donga.com