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「先生はお父さん…奥様はお母さん」

Posted May. 14, 2007 07:45,   

1955年に全羅北道鎭安郡白雲面(チョルラプクド・チンアングン・ペクウンミョン)のウンギョ里にある白雲小学校を卒業した24回卒業生78人の同窓会には、16年間特別なお客さんが招待される。故朴ジョンギ先生の夫人であるチェ・ボンソン氏(75)がその主人公だ。

朴先生は1957年、8年間の短い教職生活を後に突然の心臓麻痺で亡くなった。当時、朴先生は28歳、チェ氏は25歳だった。チェ氏が一人で育てた3人の息子はもう還暦を迎える年齢になっており、遺腹子に生まれた末の息子である朴ジェス氏も今年で満51歳だ。

朴先生は白雲小学校第24回の卒業生が2年生の時から卒業するまでずっと受け持ちを続けていた。

学生たちが憶える朴先生はまさに「鬼先生」。宿題をしなかったり、黒板に書かれた算数問題を解けない場合、間違いなく鞭を手にする。

特に、朴先生は学生たちを中学校に行かせなければならないと考え、ほぼ毎日放課後にも勉強をさせた。第24回の卒業生が6年生になった時には朴先生の家で合宿をしながら勉強をした。

朴先生のこのような熱意のお陰で、第24回卒業生の中学校への進学率は白雲小学校の開校以来最高だった。山村の小学校で78人のうち、35人が中学校に進学すると、教育監まで出て表彰状を与えた。

チャン・ヨンジャ氏(66・女性)は「女性だから中学校に行かせないという父親を説得するために、先生が何回も我家を訪れた」とし「結局、先生のお陰様で中学校へ行くことができ、母親は『とても感謝する』とし、キムチを甕ごとに夫人に渡した」とあの時を回想した。

朴先生は「心暖かい先生」だった。韓国戦争(6・25)直後で物が足りない時代だったが、先生は本人のお金で弟子たちに教科書を購入し、授業料を代わりに出してくれた。

常に弟子たちに借しまず愛を施した朴先生の人柄のため、夫人のチェ氏の苦労は並大抵ではなかった。貧しい生活にも学生たちがお腹をすくことがないようにするなというご主人の話のため毎日ご飯を炊いて器に盛ってテーブルの下に入れておかなければならなかった。

小学校を卒業してから2年後に真の先生を失った弟子たちは50年余りが過ぎた後にも、朴先生を忘れることができずチェ氏を探しはじめた。うわさをたよりに捜したあげく、チェ氏を尋ねた弟子たちは1991年から毎年チェ氏と一緒に全国を旅する。

チェ氏の末の息子の朴氏は「母親は最初は遠慮したが、行ってきては表情が明るくなる」とし「『お父さんのお陰で私が年取って良い事がある』とおっしゃる」と伝えた。

弟子たちは今年、先生の日の15日にチェ氏を招待し一緒に食事をし、金の指輪とネックレスをプレゼントすることにした。シン・ヨンギル氏(64)は「『教師はあるが、師道はない』という世の中に先生は私たちにとってお父さんであり、夫人はお母さんだった」とし「奥様は私たちの集まりの永遠な名誉会員」と話した。



hyejin@donga.com