帰ってきた韓国氷上の「美女スター」白恩妃(ペク・ウンビ、28、春川市役所、写真)。白恩妃は、新寺(シンサ)中学校1年生の時、国家代表に選ばれた韓国女子スピードスケートの大黒柱だ。
▲4年前、韓国初メダル獲得後、スランプ〓1990年第2回札幌大会から今大会まで、もう5回も冬季アジア大会に出場している白恩妃にとって、最も意味深い大会は4年前の第5回青森大会。白恩妃は長い間1500メートル、3000メートルの長距離で国内1位を守っていたが、国際大会ではメダルと縁がなかった。そのような彼女が青森大会では3000メートルで銀メダルを取って韓国選手団に初メダルを抱かせ、1500メートルでも銅メダルを追加した。「青森でやりがいを一番強く感じました。その間の努力を報われたような気がしました」。
しかし、メダル獲得後、薬物検査で陽性反応が出て、ひどい目に合った。メダル剥奪の話まで出たが、精密検査の結果、禁止薬物ではなく、単純消化剤の成分と最終的に判定された。
同大会以後、ファンカフェが5つもできるほど「にわかスター」として浮上したが、ほとんどの場合がそうであるようにすぐ忘れられていった。さらに白恩妃の成績も振るわず、負傷まで重なって、深刻なスランプに陥った。あれほど行きたがっていた2006トリノ五輪にも出場できなかった。開幕2日前、大会組織委員がいきなり白恩妃が出場する1500メートルの基準記録を2.5秒も繰り上げたため、0・5秒が足りずに出場できなくなったもの。
「大ショックでした。これまでの努力が全て水の泡になったという思いで、運動に対する意欲を失ってしまいました。アキレス腱を怪我して、2005年末から治療を受けてきているんですが、免疫機能まで低下して、体調もひどかったです」
昨年5月には、急に父親に死なれた。あれこれと悪いことばかりが重なって、意欲を失い、「このまま行けば、選手生活が終わるかも知れない」という危機感さえ感じたという。
▲昨年末、代表チームに復帰「1500メートルのメダルに挑戦」〓代表チームから外された白恩妃は、別途に個人練習を始め、12月、代表選抜戦を通じて再び代表チームに復帰した。「今大会が代表選手としては最後の大会になりそうです。大会に出るたびに欲が先走ってしまって、本来の技量を発揮できませんでした。今度は、気を楽にして試合に臨みたいと思っています」。白恩妃は、31日、1500メートルでメダルに挑戦する。
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