
「忘れてしまったスーツケース」朴婉緒(パク・ワンソ)著
元老作家・朴婉緒(75)さんの紀行散文を集めた本だ。河回(ハフェ)村と蟾津江(ソムジンガン)、五台山(オデサン)のような国の奥地の風情を描いた文章、エチオピアのように飢餓と災害の地に赴いて書いた文章、中国やバチカンへ足を運んで書いた文章などがある。
文章で、絵を描き出すように鮮やかに再現してみせる旅先の穏やかな風景、素朴なところへ行って慰められるようなあたたかい観照、絢爛たる文明の背後に隠れた空しさを、まっすぐな目線で眺める省察の力のみなぎる文章だ。このような散文の根底には、人生とは、何かを蓄積するより成長していく旅路のようなものだという信頼、人は根源的に善良であり、自然は文明の上で調和を成すという思考が根づいている。
朴さんは、なじみのあるわたしたちの土地を、「考えてみれば懐かしい土地」だとあたたかい思いで眺めている。全羅道(チョンラド)を訪ねて書いた文章はこうだ。「山ごとに広く、またははにかむようにスカートの裾を開いて、平野を従えていない山はない。どうしてこんなに美しいのか。平凡な田舎が、あたかも神様が念入りに作った庭園のように見えたからだ」。
中国延辺の紀行文である「ああ、ほんとにいい泣き場だね」は、朴さんが実名で出演するドラマのようだ。作家のソン・ウヘ、史学者の李リファさんと一緒に、韓国の独立軍が活躍していた場所を見て回りながら、1人ずつ、次から次へとおのずと涙を流してしまったという話だが、旅先の暖かい人情に感激して、昔の記憶を思い出す朴さんの習慣のような回想があたたかく読まれる。
「こんな見送り、こんな人情は実に何年ぶりだろうか。子供のころ、休みの時に故郷の家から上がってきた時の開城(ケソン)駅のことが思い出された。(中略)窓の外に体を寄せて別れを惜しむ人々が、車窓の中の人よりはるかに多かった。私はその中のおばあちゃんの姿を見つけて、車窓に鼻がペチャンコになるまで顔を寄せて、涙ぐんだりしていた。」
朴さんはユニセフ親善大使としてエチオピアを訪れたことがある。そこで朴さんは、子供たちを見て何度も驚いた経験を書いたが、まず、あまりにもやせているということ、子供たちの顔つきが想像以上に優れていること、絶対に物乞いをしたり涙で訴えたりせず、ただ笑っているということだ。「骨に皮だけを着せたような子供にそっと触ったら、大きな目をきらっと開いて、私を見て笑うではないか。私はびっくりして悲鳴を上げてしまった」。
表題作の「忘れてしまったスーツケース」は、下着などが入っているスーツケースを航空会社のミスで忘れた後書いた文章だが、だれかがそのかばんを手に入れて、開けてみたことを考えながら、恥ずかしさで苦しんでいた朴さんはこう書いている。「私は長寿の福は十分享受したと思う。私が使っていた家と家財道具をそのまま置いていくことを考えると、とても心配だ。私の最後の家は、私の人生の最後のスーツケースではないだろうか」「私が本当に恐れるべきことは、この肉身というスーツケースの中に込められていた私の魂を光の前に現す瞬間ではないだろうか」。
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