「もっと早く、もっと軽く、もっと丈夫に…」
パラリンピックでも一般オリンピックに劣らず、先端装備の開発が熾烈だ。一番著しい分野は車椅子。1970年代後半まで、選手たちは病院用の4輪の鉄製車椅子に乗って出場していた。しかし、最近はバスケットボール、テニス、トラックなど、各種目に合わせてオーダーメード型スポーツ車椅子に乗る。おかげで、記録も大きく短縮された。
その元祖となる選手はデービド・キリ。1976年、トロント・パラリンピック100メートルを19秒で優勝した彼は、当時鉄製の病院用車椅子の重さを減らすために、車椅子の後ろ側とブレーキを切り捨てた。
しかし、彼の記録は、今では話題にも上らない。現在、同部門世界最高記録は昨年豪州のジョフ・トラペットが立てた13秒99。鉄製からアルミニウムへ、それからチタンへとさらに軽くて丈夫な素材に変え、加速と回転力を高めるため、4輪から3輪に形を変えた結果だ。
1970年代までは車寄子の重量は20キロを越えていたが、最近のレース用車椅子の重量は7キロに過ぎない。
車椅子の進化をリードした主人公は、他ならぬ選手たち本人だ。1980年代初め、スポーツ車椅子を初めて商品化したのは障害者選手だったジェフ・ミネブレーカー。彼は車椅子のアクセル部分を改良して瞬間動作を大きく改善し、おかげで車椅子テニスが飛躍的に発展した。
その後、米障害者テニス大会を2度も席巻したメルリン・ハミルトンは、「クィキ」という製品で知られた「モーションデザインス」会社を設立して、テニスだけでなく、バスケットボールとトラックに適した車椅子まで開発した。車椅子の色を多様にしたのも彼だった。
以後、運動を楽しもうとする障害者が爆発的に増え、オートボック、インバケア、RGKなどスポーツ車椅子生産会社が相次いでできた。これらの会社は、障害者の運動欲求に合わせるため製品開発にしのぎを削っている。
近い将来、車椅子だけでなく義足など他の分野でも、技術開発は飛躍的に行われる見通しだ。専門家は障害者選手が義足をつけて100メートルを10秒台で突破する日も遠くないと見ている。
金晟圭 kimsk@donga.com






