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[オピニオン]自由欧州放送(RFE)

Posted June. 30, 2004 22:17,   

「全体主義ソ連体制の崩壊に寄与した皆さんの功労は、言い尽くせません」。ロシアのエリツィン前大統領は01年5月、創設50周年を迎えた自由欧州放送(RFE)にこのような祝賀メッセージを送った。RFEは、冷戦時代に米国の「自由欧州のための全国委員会(NCFE)」が作った、旧ソ連と東欧社会主義圏向けのラジオ放送だ。

◆当然ソ連は、RFEを「ソ連誹謗放送」として、中止を求めた。しかし、鉄のカーテンを越えて、統制と監視の中に住んでいた東欧住民たちにとって、RFEは福音も同然だった。エリツィン前大統領は、「RFEのお陰で、我々はロシアの内外で起きていることを知ることができた」と回顧した。冷戦終焉後にも、RFEの電波は続いた。95年、RFEは拠点をドイツ・ミュンヘンからチェコのプラハに移した。冷戦時代、反体制運動を率い、RFEの助けを受けたヴァツラフ・ハベル当時チェコ大統領の要請のためだった。RFEは東欧とロシアの民主化を助け、監視する役割を担っていた。

◆一方、北朝鮮の民主化のために門を開いたインターネット放送の自由北朝鮮放送は、有形無形の圧力に苦しんでいる。4月の開局後、一時レコーディング室を移してあまり経っていないが、また引っ越さなければならない状況だという。北朝鮮の放送中止要求に、一部市民団体も加勢している。南北の和解ムードを害するということだ。しかし、80年代後半にソ連のペレストロイカ(改革)とグラスノスチ(開放)政策で西側との和解ムードが盛り上がった時も、RFEは放送を止めなかった。

◆当時ソ連外相だったシュワルナゼ前グルジア大統領は、RFEを恨むよりも、むしろ賛辞を送った。彼は、「東欧では、全体主義的な思考が完全に消えていないため、RFEは、民主主義の砦として残らなければならない」と述べ、冷戦後にもRFEが維持されることに賛成した。自由北朝鮮放送が、RFEのように希望の声となり、統一後にRFEがそうだったように、平壌(ピョンヤン)に移って放送を続けることを期待する。今は沈黙する北朝鮮住民たちも、自由北朝鮮放送に感謝と賛辞を送る日が来るかも知れない。

金起顯(キム・ギヒョン)モスクワ特派員kimkihy@donga.com