横合いから口を出して褒められることはめったにない。賭け将棋に横から口を出したなら、胸ぐらをつかまれるのがおちだ。米国の「新聞王」ジョゼフ・ピューリッツァー(1847〜1911)はチェスゲームに横合いから助け船を出したお陰で記者になった。ハンガリー出身の傭兵で、これといった仕事もなく転々としながら、英語の勉強を始めようとセントルイス市図書館を訪れた時だった。チェスルームで肩ごしにチェスゲームを見ている途中、生まれつきの「記者精神」をどうしようもなく、一言助言をしたのだ。あまりにも鋭い論評にチェスをしていた人さえ感心した。有力ドイツ語紙のベストリヘポストの編集者だった彼らは、ピューリッツァーに新聞記者の仕事を紹介した。
◆ピューリッツァーのジャーナリズム観を一言で言えば、見張り番(watchdog)と言うことができる。「橋の上で国家という船を見張る職業」がジャーナリストだと言っており、正しいことと悪いことを教える道徳教師が新聞だと信じた。氏が大事にしていたジャーナリズムの使命は権力と金力が介入した不正腐敗を暴露する見張り番の役割だった。実際、正論を目指しながらもエロチックな「イエロージャーナリズム」を追い求めた言論の二律背反性をピューリッツァーほどハッキリ見せてくれた人もいない。しかし新聞の社会的責任に何より忠実だったという点で、このようなことは大目に見てもいいだろう。
◆氏の遺産で創立されたピューリッツァー賞の今年の受賞者が発表された。事件ではない平凡な人間の目線で米国占領後を報道したワシントン・ポスト紙のアンソニー・シャデード特派員(国際報道賞)、ベトナム戦争当時米軍の良民虐殺疑惑を暴いた後「政府が30年間何かを隠そうとしても私たちはそれを暴くためにここにいる」と言ったオハイオ州トレドブレードのマイケル・シャラー(調査報道賞)らの受賞は、韓国の言論にも示唆するところが大である。
◆7日は48回を迎える新聞の日だ。参加型政府の発足後、政府との関係によって、新聞も色分される傾向が強い。1日前に開かれた記念式では「新聞の重要なバロメーターは権力との良し悪しではなく、読者との関係」という指摘が出た。ピューリッツァー賞の言葉のように、どの政権であれ見張り番の役割をあきらめたら新聞とは言えない。目に見える事件でなく、権力と金力が隠そうとする真実を報道する新聞の使命を、今まさに考え直さなければならない。
金順徳(キム・スンドク)論説委員 yuri@donga.com






