小説(Fiction)が仮想と創造力の産物であるのに対して、ノン・フィクション(Nonfiction)は事実の産物である。ブリタニカ百科事典はノン・フィクションをルポルタージュ、自叙伝、伝記、紀行文、回顧録、日記など事実に基づいて書かれた記録文学を含めたものと定義している。1912年米誌「パブリショス・ウィクリー」がベストセラーを発表した時、「フィクション」と「ノン・フィクション」に分類したことでこの用語が広まった。ニューヨーク・タイムス紙など米国の権威ある新聞や雑誌では最近もこうした分類に従ってベストセラーを紹介する。
◆米国はノン・フィクションの天国だ。ジャーナリズム部門ではその権威を認められているピュリッツァー賞にもノン・フィクション部門がある。現職の大統領とスキャンダルを起こした女性が告白録を出版し、戦争の際に捕虜となった女性兵士のストーリを青田買いするために巨額を提案したりする。前職大統領の最も重要な暇つぶしが回顧録を出したり講演を行うことだ。治世をよくした人はよくしたなりに、期待に満たない者はそのまま在任中に備忘録を出すのだが、マスコミはこれに対してわりかし甘い点数をつける。
◆今年で39周年を迎える月刊誌「新東亜(シントンア)」のノン・フィクション公募でウズベキスタンのタシケントに住む李チュンシク氏の「失郷記」が最優秀賞を受けた。今年70歳の李氏は、朝鮮戦争の時に入隊し国軍のロシア語通訳将校を務め、1963年に日米太平洋情報学校課程を終了し帰国する途中駐日ソ連大使館に亡命し、タシケントなどで27年を送るなど波乱万丈の人生を歩んできた。1990年になってやっと故国の土を踏んだ彼は、「まるで私が今まで歩いてきた道は少し長い『春の夢』のようだ。韓国に来るとタシケントに戻りたいし、タシケントでは故郷の済州(チェジュ)が懐かしい」と、「境界人」の苦悩をもらした。
◆彼の率直で淡々とした告白の中で、国軍初期の通訳将校の世界、建設部長官を務めた高在一(コ・ジェイル)中領と参謀総長を務めた金チョンオ将軍との縁、KGBの最高幹部との出会い、母親のいる北朝鮮への脱出が挫折したエピソードも綴ってあった。彼の個人史は険しかった韓国現代史のまた違った裏面である。これが彼一人だけの問題であろうか。韓半島に生まれてそれなりに激しく激動の現代史を生きてきた人ならば誰であれ、人生そのものが一編のノン・フィクション・ドラマのはずだ。詩人バイロンは早くも、「事実は小説より奇なり(Truth is always strange, stranger than fiction)」と看破している。小説よりも波乱に満ちた人生を送った李氏は現在タシケントに進出した韓国企業の支社長として晩年を送っている。
呉明哲(オ・ミョンチョル)論説委員 oscar@donga.com






