「我々は一部マスコミの嫉妬と迫害から防御しなければならない」(3月29日、盧武鉉大統領)。「マスコミが大統領のリーダーシップを何の考えもなく傷つけている」(5月31日、李滄東文化観光部長官)。「マスコミが権力化して世の中を操縦する限り、政治改革などあったもんじゃない」(6月11日、明桂男・元ノサモ=盧武鉉を愛する人々の会=代表)。盧大統領を含むその周辺人物のマスコミ観が、そのまま表われた言葉である。一部マスコミに対する被害意識と敵がい心を表わしており、これらマスコミとの闘争も辞さないという意志が盛り込まれている。
◆現政権のこのようなマスコミ観に対して、野党ハンナラ党の姜成求(カン・ソング)議員が、ジョン・ミラー著作の「バカな人間は、いつも他人のせいにばかりする」をほのめかして批判した。姜議員は「バカな人間は、いつもマスコミのせいにばかりする。マスコミ改革という美名のもとで、特定のマスコミを制圧しようとするのは、警察的マスコミ式な考えだ」と述べ、現政権を露骨に非難した。韓国社会の実勢らのマスコミ観は、このように相対的かつ対立的で、葛藤志向的である。一方は、政権を握っていながらも特定マスコミの被害者という認識を持ち、もう一方では、そのような認識に不満に思っている。
◆彼らは、事あるごとに対立しかっとうを増幅させる。マスコミに対して基本的な認識を共有できないまま、マスコミを自分の利害関係の中で我田引水式に理解しているのである。ウォルター・リップマン氏は、マスコミの最も重要な役割と機能は、「社会の主要現象を常に批判してけん制することだ」と述べた。特に、政府への役割と機能について、「マスコミが常に批判する姿勢を失ってはならない」と注文した。マスコミが現政権との関係から「友好的」「非友好的」に分けられるのは、決して望ましくない。
◆さらに、一国家の統治権者ならマスコミが自分を支持しても支持しなくても、同等に配慮しなければならないにもかかわらず、大統領が先に「友軍対敵軍」式に分けて、社会内部の葛藤を誘発することは、大きな問題に違いない。政府の活動を批判するのが主要業務であるマスコミをどうして「友軍」と「敵軍」に分けるのか、非常に心配だ。金泳三(キム・ヨンサム)元大統領は、最近ある外国マスコミとのインタビューで、「盧大統領は、大統領になる覚悟も準備もなかった」と述べた。聞き流せない言葉である。政界の中心人物らが「準備不足で」うまくいかない原因をマスコミに帰するなら、国民はそのような「他人のせい」にした言い訳にうんざりするだろう。
白善璣(ぺク・ソンギ)客員論説委員(成均館大学教授・マスコミ学) baek99@chollian.net






