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中国、軍事理論を転換「先端兵器先制攻撃体制」に

中国、軍事理論を転換「先端兵器先制攻撃体制」に

Posted November. 11, 2002 23:03,   

中国共産党の江沢民総書記が第16回全国代表大会の開会式(8日)で行った政治報告のうち注目すべき部分は、「国防と軍隊の建設」だ。21世紀の「先端科学戦争」に備えた中国軍の変化する軍事戦略が含まれているからだ。

▲新たな軍事戦略の公式採択〓江総書記は政治報告で、「先端技術条件下の積極防衛軍事戦略方針を維持し、世界軍事変革のすう勢に合わせて科学技術強軍戦略を実施すべきだ」と述べた。

こうした発言は、1991年の湾岸戦争以来、中国軍内部でより深く研究されてきた「先端技術条件下の制限局部戦争」戦略を軍事教理として公式採択したことを宣言したもので、非常に大きな意味を持っている。

湾岸戦争直後、中国中央軍事委員会は総参謀部、総政治部、総後勤部の3大総部とすべての軍事学院に同戦争の教訓を多角的に研究するよう指示した。

結論は、ハイテク戦争では戦争の初期段階に先端科学兵器で先制攻撃し、戦争の主導権を確保すべきだということ。このためには兵器装備の質を改善し、高度の情報戦争体制を備えなければならず、迅速に対応できる部隊を創設すべきだという課題が提示された。

こうした内容は1995〜97年「解放軍報」を通じて集中的に紹介された。これをもとに江総書記は、97年1月の中央軍事委で、△「先端技術条件下の制限局部戦争」に軍事教理を切り替え、△兵力密集型から技術集約型への軍隊の切り替えを指示した。

だが、江総書記は第15回の政治報告では、「積極防衛戦略を維持し、中国的な特徴を持つ少数精鋭への道を歩むべきだ」とだけ述べた。そんな彼が今回の第16回では新たな軍事戦略を宣言したことは湾岸戦争以降、もうひとつの「科学戦争」である1999年のコソボ戦争と昨年9月11日の同時多発テロ以後の非正規戦争の様相に刺激されたものとみられる。

▲中国の軍事戦略の変化〓中国軍が長い間採択してきた軍事戦略は、毛沢東の人民戦争戦略だった。国共内戦時期の1920〜30年代に採択された同戦略は、「敵を内陸深く誘い込み、人民の海でおぼれさせる」という防衛戦争の概念だ。

だが毛沢東らの戦略は1980年代に頳小平によって根本的に修正された。頳小平は、兵器と装備の発展によって戦闘方式も変えるべきだと信じていた。

頳小平は1985年の中央軍事委拡大会議で、「現代的な条件下の制限局部戦争」戦略を導入したことで、人民戦争戦略を公式的に廃棄した。中国軍軍事教理の大転換であった。このときの頳小平の戦略は江総書記の「先端技術条件下の制限局部戦争戦略」概念に再び切り替えられたのだ。



yshwang@donga.com