ソウル地検が容疑者を取り調べる過程で拷問を行ったことが明らかになり、検察が最大の困難に直面している。法務部長官と検察総長が辞任し、また、取り調べを行った検事が刑事処罰される可能性も高く、検察自らの恥をさらけ出した形となった。しかし検察が今回の事件を改革の手がかりとしなければ、このような汚辱と羞恥はまた起こりかねない。
残念で遺憾なことではあるが、今回の事件で検察の地位が揺らぐのは、国のためにも望ましくない。「今も検察庁舎には明かりがついており、多くの職員が犯罪と戦っている」という李明載(イ・ミョンジェ)前総長の言葉が、検察の存在理由を物語っている。
もはや検察は内部の人権侵害と戦わなければならない。犯罪者100人を処罰するのに劣らず、1人でも悔しい思いをしないようにすることが大事であることを、改めて認識する必要がある。検察内部の戦いであるため辛いかも知れないが、恥辱をぬぐう方法はこれしかない。
道は遠くない。長い歳月をかけて、多くの人々の血と汗で確立した人権保護の基本原則である適法な手続き(due process of law)の原則に従えさえすればよいのだ。「不法の実は不法であるしかない」ことから、法を執行する手段が不法では、法も検察も存在の意味がない。
自白を引き出すための加害行為など「不法な法の執行」がこれ以上行われないようにするためには、検事の特権意識の裏に隠されている人権意識を引き出すことが何よりも大切だ。1人1人の検事が一般の人と同じ目の高さで、検察を見つめ、人権を考えてこそ、検察の真の意味での変化を期待できるであろう。
また、人権侵害の要素をたくさん持っている取り調べ方法も直ちに改善すべきだ。それ自体が虐待といえる徹夜の取り調べや密室での取り調べを取り止め、取り調べに弁護人が立ち会いできるようにする必要がある。自白中心の調査から証拠中心の調査に変え、無理やりに供述させた自白は裁判で認めないようにすべきだ。今回の事件を機に検察が生まれ変わらなければ、検察ははるかに致命的な危機に直面するかもしれない。






