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[オピニオン]高句麗の壁画

Posted October. 09, 2002 23:06,   

韓国民族にとって世界に誇れる文化遺産を選ぶとすれば、高句麗時代の壁画を欠かせない。墓地の内部に壁画を描き入れた国は、エジプト、ローマ、中国くらいに過ぎない。いずれも人類の歴史を華麗に飾った文明諸国だった。このように古墳の壁画は、優れた文化的力量を保有していなければ考えられないジャンルだ。これは、韓国の歴史上、最も大きな領土を保有していた高句麗が文化国家としても偉大なる位置に立っていた点を想起させてくれるものだ。高句麗壁画の魅力は1600年前の人々が生きていた姿を生々しく見せてくれるという点にある。百聞は一見にしかずとの話もあるが、高句麗の歴史を知るうえで、壁画ほど効果的なものはない。

◆高句麗の壁画は、高句麗が滅亡して以降、廃虚のように捨てられていた。敗亡した国の文化遺跡がきちんと保存されることはないというのは、当時としては仕方のないことだった。韓国近代史の記録に、高句麗の壁画が登場するのは、平安道(ピョンアンド)カンソ郡にあるカンソ大墓が初めて。1906年、カンソ郡守のイ・ウヨンとその一行が壁画を視察するためにこの墓を訪ねた時、その町の子どもらの遊び場になっていたという。他の壁画では、後代の人たちが書き込んだ落書きも発見された。1907年、フランスの考古学者シャバンが壁画の踏査を終えた後、学界に報告することによって、高句麗壁画の存在が初めて世界に伝えられるようになった。

◆最近、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で新しく発見された高句麗壁画が再び韓国人たちの心をときめかせている。黄海道(ファンヘド)ヨンタン郡で発掘されたこの壁画には、当時の高句麗人の顔が明確に表れていて、犬や寅も比較的鮮明な模様で保存されている。古墳壁画にはその時代の死や来世についての認識がよく現われている。この壁画に登場する犬と寅は、死者を保護し、霊魂の世界に導くというのが、当時の普遍的価値だった。この壁画が長い歳月に耐えて現代人と再び遭遇したのは驚くべきことだ。画家がいくら上質な紙の上に絵を描くとしても、紙の寿命のために1000年以上は保存できないということらしい。石の粉を用いて精巧な技術で描いた壁画であってこそ可能だったことだ。

◆ひとつ気になる点はこの壁画が発掘した当時、トウモロコシの畑に放置されていたという点だ。北朝鮮は、文化財の保護に積極的だとされるが、このケースを見る限りそうでもなさそうだ。学界によると、南浦(ナムポ)ヤクス里の古墳は、貯水池の水が流入して保存策が急がれており、平壌(ピョンヤン)ドンアム里にある古墳の壁画一部は破かれていて、国外に流出したという。韓国としては手の尽くす方法がないが、だと言って、民族的な文化遺産がき損されるのをただ見てばかりいるわけにもいかないから、遺憾でならない。

洪賛植(ホン・チャンシック)論説委員 chansik@donga.com