政府と国際言論人協会(IPI)との間で、言論自由の問題をめぐって内政干渉論争が繰り広げられ、注目を集めている。
言論各社に対する政府の税務調査など一連の韓国の言論事情と関連し、IPIが金大中(キム・デジュン)大統領宛に送った抗議文に対して、政府が内政干渉だとして反論を提起したもの。
IPIは、以前から韓国の言論事情を取り上げ数回に渡る問題提起とともに言論の自由を促してきたが、政府はその都度即刻論じ返してきた。しかし、IPIが発表した声明や書簡文は、一部の内容がIPI韓国委員会に保存されているだけで、政府には現政権発足以降の資料のみが保存されているものと確認された。
言論政策を担当する文化観光部と国家広報処に確認した結果、数次に渡る言論関連省庁の改編過程でIPI関連資料の大半が失われていることが分かった。
IPI韓国委員会によると、IPIは1961年の「民族日報事件」に続き64年、政府が「言論倫理法」の制定を試みた際も、言論の自由が侵される可能性を危惧した声明を発表している。
IPIが韓国言論状況に最も積極的に介入したのは、74年東亜日報に掲載された朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権の広告弾圧事件の時だった。IPIは75年1月15日、政府の東亜日報社に対する広告弾圧を非難し、東亜日報の言論の自由を取り戻すための努力を支持するという内容の声明を発表した。さらに、IPIは同年2月5日、全世界の言論に向けて東亜日報に対する広告弾圧の現状を配信し、支援を訴える声明文を発表している。
IPI韓国委員会関係者は、「東亜日報の広告弾圧事件に限らず、60年代と70年代当時、IPIが韓国言論と関連する立場表明があるたびに政府は直ちに内政干渉であると反駁を加えたが、当時の政府反駁の原文は現在残されていない」と語った。
80年の新しい軍事政権が発足して以来、90年代の金泳三(キム・ヨンサム)政権に至るまでの間、IPIは韓国言論状況について特に関心を寄せていない。これと関連し、IPI韓国委員会の関係者は、「80年代にはIPI本部内の分裂により活動が弱まっていた上、IPI韓国会員たちも本部に韓国の言論弾圧事例を報告していなかったため声明発表などがなかったもの」と語った。
IPIと政府の葛藤は、金大中政権発足以後の1999年当時、洪錫鍱(ホン・ソッキョン)中央日報社長が普光(ポグァン)グループ脱税事件で拘束されたことを機に再燃した。
IPIは、普光グループに対する税務調査と洪社長の拘束には言論弾圧の余地があると指摘し、拘束取り下げを要求する声明を発表した。これを受けて政府は、呉弘根(オ・ホングン)国政広報処長の名で内政干渉だと論駁する内容の書状をIPIに送付した。普光グループ事件と関連し、IPIと政府は2回にわたる書状のやりとりで攻防を繰り返した。
さらに2000年2月、朝鮮日報が造幣公社ストライキ誘導事件関連者の盗聴疑惑を取り上げた社説と関連、検事12人が名誉毀損を訴え、IPIは言論自由の侵害を憂慮する声明を発表。これに対しても国政広報処は、すぐさま反駁声明を発表している。
このようにIPIが韓国の言論状況についての問題提起があるたび、政府は常に内政干渉を盾に即反駁を加えてきた。
金次洙 kimcs@donga.com






