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ソウルのど真ん中で救急患者「たらい回し」…75分間、病院26ヵ所に電話 [ヒーローコンテンツ/漂流①]

ソウルのど真ん中で救急患者「たらい回し」…75分間、病院26ヵ所に電話 [ヒーローコンテンツ/漂流①]

Posted March. 29, 2023 08:41,   

Updated March. 29, 2023 08:41

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赤色灯をつけた救急車の中で3人の男性が死闘を繰り広げている。冷たい風が吹く1月12日、ソウル市松坡区(ソンパク)の石村(ソクチョン)湖近くの6車線道路に1台の救急車が止まっている。すでに帰宅時の渋滞が解消されている午後9時19分だが、蚕室(チャムシル)119救急隊のチェ・ギョンファン班長が乗った救急車は、走る車の間で停車している。

救急車の中で胸に心電図の電極をつけたジンスさん(仮名・68)は、息をするのが苦しそうだ。胸の痛みを訴えるジンスさんが救急車に乗せられたのは午後8時37分。すでに42分が経過している。

チェ氏は電話をかけ続けた。「恩平(ウンピョン)聖母は電話に出ない」。発信記録に目を通した。近い順に、ソウル峨山(アサン)病院、三星(サムソン)ソウル病院、ソウル聖母病院、最後に恩平聖母病院まで…。患者を乗せた後、すでに21ヵ所に電話をかけたのだ。

チェ氏は再び電話を手にした。22番目の病院だ。分秒を争う瞬間だが、落ち着いた声の自動音声案内が流れた。

「こんにちは、梨大木洞(イデモクドン)病院の圏域救急医療センターです。…診療記録、診断書など証明書発行の問い合わせは1番、…その他の問い合わせは0番を押してください」。0番を押した。接続音、オペレーター、再び接続音を経て、59秒で救急外来につながった。「68歳の男性患者ですが、胸の痛みと呼吸困難があります。受け入れ可能でしょうか」。

ジンスさんは午後7時10分から胸が痛かったという。最悪の場合、急性心筋梗塞の可能性もあった。もしそうなら、胸の痛みが始まってから90分以内に治療を受けなければならない。腕時計を確認した瞬間、焦りが襲ってくる。ゴールデンタイムが過ぎたかもしれない。患者の状態を伝えるチェ氏は早口になった。

患者の生死にかかわるのに救急車が止まっているのは、受け入れる救急室がないためだ。1月12日、56の大病院が集まっているソウルのど真ん中で起きたことだ。この夜、チェ氏の出動に同行した記者の記録はこう終わる。「汝矣島(ヨウィド)聖母病院救急室に到着するまで1時間15分」。

「近くで手配できませんか」。江南(カンナム)にも病院が多くないのかという質問だ。梨大木洞病院は救急車の場所から30分以上の距離にある。

「はい…。全部ダメなんです」「ちょっと待ってください」

長い沈黙の後、他の病院に電話をかけていたチョン・ジンウ班長に尋ねた。「電話してみたか」。「今はダメだそうです。集中治療室に空いた病床がないと」。

しばらくして救急室の職員は、「こちらも病床がなくて受け入れられないんです」と言った。3分1秒の通話が終わった。すぐに23番目の病院に電話をかける。ずっと目を閉じて痛みを我慢していた患者が絞り出すように声を出した。「こんなことがあるんですか。こんなに胸が痛いのに…」。

●「ベッドがありません」相次ぐ拒絶

「ドンドンドンドン、鼓動がとても激しい」

蚕室119救急隊のチェ・ギョンファン班長の救急車がソウル市松坡区三田洞のジンスさんの自宅に到着した時、ジンスさんは胸をつかんで苦しそうだった。ジンスさんが初めて痛みを感じたのは仕事帰りだった。痛みがひどくなったのは1月12日午後8時37分。妻は119番に電話し、5分で救急車が到着した。

急いでジンスさんを乗せたが、救急車は出発できなかった。午後8時48分、チェ氏は近くの救急室の病床情報が表示される救急隊員用の「病床情報状況版」アプリを開き、病院のリストを確認した。最も近い三星ソウル病院には「-35」という数字が表示された。35人が待機中という意味だ。空き病床が出る見込みがない数字だ。

20分以内にある江東(カンドン)聖心病院の救急室には空き病床があると表示された。それでも救急車は動けなかった。救急室には病床があるが、「集中治療室に病床がない」という警告が一緒に表示されたためだ。もしジンスさんを心臓モニターや人工呼吸器などを備えた集中治療室に移す必要があれば、再び病院を探して街をさまようことになる。

建国(コングク)大学病院は空き病床があると表示された。すぐに電話をかけた。

「松坡蚕室救急隊員です」

「この病院に通っている方ですか」。 患者の状態の説明が終わる前に救急室の職員が尋ねた。

「いえ、胸の痛みで…」

「病床がなく、すべて待機中です」

● 破れた地図、灯りのない灯台

患者の家から5キロ圏内に5つの大病院があるが、すべて受け入れを断られた。「救急室に空き病床がない」だとか「心臓検査をする医師がいない」と言われた。チェ氏の電話の向こうから「申し訳ないのですが」と声が聞こえてきた。

「集中治療室に空き病床がない」(漢陽大学病院)

「救急で心臓検査ができません」(乙支大学病院)

「胸の痛みの患者が多すぎて施術もできない」(高麗大学安岩病院)

ジンスさんの妻の表情が曇った。「救急車に乗って、ただ(病院に)行けばいいと思っていたのに…」

2週間前に搬送した呼吸困難の患者は救急室に行くことができなかった。病院がなく、空き病床が表示された所に急いで救急車を走らせたが、意識を失った救急患者が来ているという。救急室は早く来た順ではなく、命の危機に瀕している患者順に診療する。他の重症患者がいるかもしれない所にむやみに行くと、ジンスさんが逆に危険になる可能性がある。

この夜、救急車は引き裂かれた地図の半分を持って 大海原を航海しているように見えた。医療インフラが集中しているソウルのど真ん中で夜間に救急大乱が起きれば、集中治療室の医療スタッフが稼働している病院がどこか教えてくれるシステムがあって当然と思われるが、そのようなシステムはない。これまで病院の空き病床と医師の当直状況を119番に提供する試みは何度も失敗に終わった。

● 熱が出ると「診療が難しい」。

電話が長くなると、横になっていた患者がうめき声を上げた。チェ氏が大きな声で尋ねた。「今、痛みはひどいですか」。 患者がやっとうなずいた。「ちょっと…」

2人の班長は焦る。「国立中央医療院からは入ったか」 「集中治療室は満室」 「中央大病院は」 「すべての患者不可」

ジンスさんは38度の微熱があり、3日前から咳が続いていた。救急室の職員は首を横に振った。新型コロナウイルスの感染が疑われるので検査しなければならないが、隔離室に空き病床がないという。

ソウル内で病院が見つからなかったチェ氏は、京畿道城南市(キョンギド・ソンナムシ)にある盆唐(ブンダン)済生病院に電話をかけた。心臓検査はできるとのことだったが、新型コロナウイルスが陽性なら帰宅するという条件だった。隔離室の空きがなく、入院は難しいという理由だった。

「じゃあ、コロナだったらどうなるんですか」。涙ぐむジンスさんの妻が尋ねる。

患者が驚かないように冷静に説明しているが、チェ氏の頭の中は複雑だ。もし新型コロナウイルスも陽性で、心臓にも異常があると判明したら…。隔離病床もあり、緊急処置も可能な病院を探し、再び路上をさ迷わなければならない。場合によっては治療が間に合わない可能性もあった。盆唐に行くのはあきらめる。チェ氏は再び電話を手に取った。

● 「ホットライン」に電話しても自動音声案内に

午後9時26分。23番目に漢陽(ハンヤン)大学九里(クリ)病院に電話をかけた。「今は電話を受けることができません。もう一度…」。自動応答システム(ARS)の電話を切り、チェ氏は昨春の患者のことを思い出した。呼吸困難の90代のおばあさんを救急車に乗せて、30ヵ所以上に電話をかけた。「もう、救急室を探すのはやめてください。家で安らかに逝かせてあげたいんです」。1時間ほどたらい回しにされた時、おばあさんの家族が言った。チェ氏はおばあさんの家に向かった。

チョン氏は梨大ソウル病院に電話をかけた。24番目の病院だ。オペレーターは救急室に多くの電話がかかっていて、つながらないかもしれないと言った。実際、チョン氏の電話は救急室につながらず、救急隊に与えられた救急室の番号は形式だけの「ホットライン」だった。3回電話をかけると1回はARSやオペレーターにつながった。政府は救急患者の搬送問題が指摘されるたびに「ホットライン」の新設を対策として打ち出したが、空虚な約束だった。

25番目はソウル中浪区(チュンランク)のノクセク病院。電話を受けなかった。もうソウルには電話する病院は数ヵ所しか残っていない。26番目はソウル永登浦区(ヨンドゥンポク)の汝矣島聖母病院だった。同じ内容を繰り返した。68歳男性、胸の痛み、呼吸困難…。「少々お待ちください」という言葉の後に「エリーゼのために」が流れる。

メロディが3、4周しただろうか。「来てくださってもいいです」。ついに救急車が出発した。漢江に沿ってしばらく走り、午後9時52分、汝矣島聖母病院に到着した。病院26ヵ所に31回電話をかけた後だった。ジンスさんの妻が119番に電話して1時間15分が経った。ジンスさんのように救急隊が出動してから救急室に到着するまでに1時間以上かかった患者は2021年の1年間で全国で19万6561人。3分に1人だ。