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つらい人生

Posted March. 31, 2022 08:38,   

Updated March. 31, 2022 08:38

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白いブラウスを着た女性が窓の外を見ている。作業台の上にはアイロンをかけなければならない洗濯物が置かれている。19世紀、パリの洗濯女を描いたこの絵は、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックの初期の代表作だ。貴族出身の画家は、なぜ身分の低い労働者階層の女性をモデルに描いたのか。

トゥールーズ=ロートレックは、南フランスのアルビーの名の知れた貴族の家に生まれた。金の箸とさじを口にくわえて生まれたが、骨の弱い遺伝子疾患を患っていた。これは血統保存のための近親婚に起因したものだった。弱り目にたたり目で、13歳の時に転倒して右の大腿骨を、14歳の時には左の大腿骨を骨折し、それ以降脚の成長が止まってしまった。同じ年頃の貴族男性が楽しんだ乗馬や狩猟ができなくなり、一人でできる美術に関心を持つようになった。成人になるとすぐにパリに美術留学した。この絵は、美術学徒時代の22歳の時に描かれた。絵のモデルは、カルメン・ゴーダンという名前の娼婦だ。当時、多くの洗濯女は、より多くの金を稼ぐために夜には娼婦になった。朝から夜まで一日中つらい労働をしても、生計を立てられるほどの報酬を得ることができなかったためだ。トゥールーズ=ロートレックは、絵の中の人物に対する先入観や個人的感情を排除し写実的に描くことで有名だが、この絵だけは洗濯女の悲惨な暮らし振りに対する同情と愛情が表れている。ゴーダンはしばらく手を止めて、窓の外を見ている。窓の向こうの世界は、彼女が夢見る、しかし訪れることのないより良い未来を意味するのかもしれない。

トゥールーズ=ロートレックはうわべを飾り偉そうにする貴族よりも、モンマルトルの貧しい人々の中で安らぎを感じ、生涯、彼らの友として生きた。毎夜、スケッチブックを手に酒場に入り浸り、彼らを観察し描いた。努力の末、短い経歴にもかかわらず、油絵737点を含む5千点以上の作品を残した。しかし、天才的芸術家の運命が常にそうであるかのように、アルコール依存症と梅毒、神経衰弱に苦しみ、36歳の若さでこの世を去った。

美術評論家