
秋が深まりつつあった2021年10月、忠清南道論山市(チュンチョンナムド・ノサンシ)のある通り。古びた服を身にまとった認知症の高齢者、チョン・スノさん(仮名、71)があてもなく徘徊していた。通報を受けて駆け付けた高齢者保護専門機関の調査官が到着した時、チョンさんは自分の名前や年齢さえ言えなかった。ただ一つの言葉だけを繰り返していた。「金を・・・金を取り戻さなきゃ」。
調査官が確認したチョンさんの通帳は惨憺たるものだった。2020年7月以降、数十回にわたり、2億ウォンを超える金が消えていた。認知症を発症して以降、通帳管理を任されていた元職場の後輩(69)が有力な容疑者だった。まとまった金額がその娘や知人の口座に送金された履歴が確認されたためだ。
しかし調査官は、後輩を警察に引き渡すことができなかった。後輩は常にチョンさん本人に送金させており、認知症患者であるチョンさんの揺れ動く供述だけでは、横領容疑を立証できなかったからだ。機関側が後見人となってお金を取り戻そうとしたが、後輩の娘や知人はすでに破産宣告をした後だった。結局、チョンさんはお金を全て取り戻せないまま、先月、療養施設で亡くなった。チョンさんの苦痛と死は、高齢者保護専門機関の1枚の「虐待判定書」の中にのみ残された。
認知症高齢者の資産を狙う犯罪は各地で起きているが、実態調査は一度も行われていない。どれほどの財産が失われ、どのように搾取されているのかすら把握されていない。過去5年間で金融犯罪の被害に遭った認知症患者は6万7443人と推計されるが、有罪判決文に現れた被害者はわずか49人だった。被害者が1千人いても、法の裁きを受ける加害者は1人にも満たない計算になる。
東亜(トンア)日報ヒーローコンテンツチームは、保健福祉部傘下の高齢者保護専門機関に眠っていた過去5年分の「認知症高齢者の経済的虐待」判定書379件を分析した。公式統計に表れない「暗数認知症マネー搾取」を把握するためだ。このうち捜査機関が認知した事件は34件(8.9%)にすぎなかった。残りはどこへ消えたのか。その中には、子どもに、信じていた介護ヘルパーに、あるいは知人に、生涯蓄えた財産を奪われながらも、「家族だから」「認知症だから」と沈黙を強いられた高齢者たちの悲鳴が詰まっていた。






