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アンコール文明を飲み込んだ気候変動

Posted December. 19, 2020 08:28,   

Updated December. 19, 2020 08:28


「先生、アンコールワット文明が干ばつで崩壊したとは信じられません。この地域は熱帯雨林地域で雨がたくさん降る所です。『トンレ・サップ』という東南アジア最大の湖もあります。それなのに干ばつで農業が崩壊にしたのですか」

大学で「気候と文明」を講義している時に受けた質問だ。アンコールワット文明は今のベトナム、 ミャンマー、カンボジアを統一して大帝国を作った。農業が基盤の経済力を背景に強国に成長した。しかし、エルニーニョによって干ばつが続き、コメ経済が破綻し、アンコールワット帝国は熱帯雨林の中に眠ってしまった。今でも強力なエルニーニョが発生すれば、東南アジア地域は深刻な干ばつに苦しめられる。

 

「過去、多くの大国は気候条件が有利に作用するか不利に作用するかによって、栄えもし滅びもした」というエルズワース・ハンティントンの言葉のように、世界文明の興亡史を見ると、気候変動が文明を栄えもさせ滅びもさせる。古代文明を見よう。人類初の文明はメソポタミア文明だ。紀元前3500年頃にシュメール人が建てたウルクをはじめいくつかの都市国家が生まれ、本格的な文明が誕生し、続いてこの地域をアッカド帝国が統一した。しかし紀元前2200年から約300年の間、乾燥化で深刻な干ばつが続き、気温が2度下がった。干ばつと平均気温が2度下がったことは、農作物には致命的だ。経済が崩壊したアッカド帝国が文明の裏舞台に消えるほかなかった理由だ。

エジプト文明を見よう。気候が乾燥期から湿潤期に変化し、アフリカの北側は大草原になった。サハラ砂漠と乾燥したサバンナには草木が育ち、鳥や獣、魚も多かった。温和で涼しい気候が繰り返され、ナイル川の洪水を調節し、このような気候条件は帝国の成立に大いに役立った。ナイル川の豊富な水は穀物の生産を増大させ、人口が急増し、エジプト文明が誕生した。エジプト初期王朝が立てられ、古王国時代に至る6の王朝時代まで気候が温暖で、雨も適度に降った。しかし、気候変動で熱帯収束帯(北半球からの北東貿易風と南半球からの南東貿易風が合流する帯状の境界)が南下し、サハラ地域は砂漠に変わった。

 

エジプトの予言者であるユピテルは、その時の大飢饉をこのように記録した。「食糧の倉庫は空になり/警備兵は地面に倒れた。(中略)各地で略奪の群れが暴れ/奴隷も拾ったものを自分のものにした」気候変動で古王朝が崩壊し、第1中間期が続いた後、中王国によって統一されるまで141年間、エジプトは混乱に陥った。

気候変動は大帝国だけでなく小さな文明も崩壊させた。エーゲ海のミノス文明は火山爆発と津波で消えた。ヨルダンのペトラ文明は、地震で水の管理システムが崩壊して滅亡した。オマーンのウバール文明は、モンスーン帯の北上で雨が多く降り、地下の石灰岩の洞窟が崩れて砂の中に埋もれてしまった。

人類史上多くの文明を崩壊させた気候変動は、今の気候変動と比較すると何でもない。科学者は、人類世の絶滅の時期が近づいていると警告する。「人類が絶滅を避けるには100年内に地球を離れる必要がある」。世界的物理学者スティーブン・ホーキング博士の言葉だ。