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「ごめんね!」 薄情な海には「セウォル」のブイだけが

「ごめんね!」 薄情な海には「セウォル」のブイだけが

Posted April. 16, 2015 07:19,   

全羅南道珍島(チョルラナムド・チンド)の彭木(ペンモク)港で収拾された檀園(タンウォン)高校の犠牲者の遺体は、木浦(モクポ)に運ばれ、身元確認を終えれば、京畿道安山(キョンギド・アンサン)の葬儀場に安置された。周辺の始興(シフン)や水原(スウォン)にまで犠牲者が運ばれていた当時、安山第一(チェイル)葬儀場のパク・イルド代表(60・写真)は、檀園高校の教師や生徒50人の葬儀を行った。惨事から1周年を二日後にひかえた14日、パクさんは、「船が傾いているテレビの画面を見たときは、当然、皆救助されただろうと思った」と言い、「チェ・へジョン先生を皮切りに、葬儀場に運ばれてくる遺体の姿は惨憺たるものだった」と振り返った。

パクさんは、家族をねぎらうために遺体安置所では泣くことができず、建物外の暗いところに隠れてすすり泣く多くの父親の後姿や兄弟姉妹を探している子供たちを見たとき、心が痛んだという。その上で「遺影を呆然と眺めていて、一日中お兄ちゃんと泣き叫んでいた小学生のことが忘れられない」と話した。

惨事から1年が過ぎたが、安全意識は何も変わっていないと指摘した。パクさんは、「変わったのは、町を埋め尽くしていた黄色垂れ幕が減っただけだ」と語り、「事故直後は大人たちが、『ごめんね、忘れない』と約束したが、変わったことなど何もない」と残念がった。

旅客船セウォル号の惨事は、パクさんの人生観を変えた。昨年5月は、生徒たちの葬儀で得た収益のうち5000万ウォンを檀園高校に寄付した。遺体安置所に置かれていた制服がずっと気になっていたが、昨年12月、中学校に進学する小学生50人のために、制服代として1000万ウォンを寄付した。今年は、その恩恵の対象者を増やして100人に寄付する予定だ。

葬儀の手続きを最も身近なところで見守っていたパクさんは、不眠症に悩み、先日から薬物治療を受け始めている。「子供たちやその家族たちの顔が浮かんできて、耐えがたい」と言うパクさんは、「惨事でこの世を去った生徒たちのために苦しんだ末、仕事をやめた職員も多い」と伝えた。また、「傍でただ見守っていた我々もこれほど苦しいのに、子を失った両親の気持ちを少しでもわかってほしい」と話した。

昨年10月、パクさんはセウォル号惨事を経験した気持ちをこめて追悼の歌詞を書いた。「オ!必勝コリア」や「序詩」、「茉莉花」などを作曲した作曲家のイ・グンサン氏が曲をつけたこの追悼曲は、音源として発売される予定だ。



herstory@donga.com