昨年12月30日に他界した故金槿泰(キム・グンテ)民主統合党常任顧問の殯所(出棺まで棺を安置するところ)には、2011年の最後の日の31日と新年初日の1日にも弔問客が絶えなかった。1日には、日の出を見た帰りの市民が本格的に殯所を訪れ、足の踏み場もなく混雑した。
31日午前には、金顧問のイン・ジェクン夫人(58)ら遺族、李海瓚(イ・ヘチャン)元首相、民主統合党の李仁栄(イ・インヨン)元最高委員、張永達(チャン・ヨンダル)元議員らが見守る中、殯所が設けられたソウル鍾路区蓮建洞(チョンノク・ヨンゴンドン)のソウル大学病院の殯所場で入棺式が行われた。共同殯所委員長の咸世雄(ハム・セウン)神父がミサを行い、「金槿泰を歴史の心臓に残す」と述べ、入棺式場からすすり泣く声が聞こえた。息子のビョンジュン氏(33)は、「父の言葉どおりに生きていく」と言葉を詰まらせた。
金顧問、故チョ・ヨンレ弁護士とともに「ソウル大学学生運動3銃士」と呼ばれた孫鶴圭(ソン・ハクキュ)民主統合党常任顧問は、1日までの3日間、ずっと殯所を離れなかった。孫顧問は、「金槿泰は魂がきれいで正義への情熱が火のような人だった。彼は逝ったが、情熱は生きている」と述べた。
31日午後12時10分には、ハンナラ党の朴槿恵(パク・グンヘ)非常対策委員長が殯所を訪れ、遺影の前で90度に頭を下げ、黙祷した。朴委員長は、「本当にクリーンな方でした」とし、「国のためにすべきことが多いが、お亡くなりになられ残念だ」と述べた。
このほかにも、31日から1日まで、ハンナラ党倫理委員長を務めた印名鎮(イン・ミョンジン)牧師や金炯旿(キム・ヒョンオ)元国会議長、鄭夢準(チョン・モンジュン)元ハンナラ党代表、金武星(キム・ムソン)、南景弼(ナム・ギョンピル)、李鍾九(イ・ジョング)ハンナラ党議員、任太熙(イム・テヒ)元大統領室長ら与党関係者が弔問に訪れた。孫顧問ら民主統合党所属の前・現職議員約100人が殯所を守った。
市民の弔問も続いた。殯所の一方の壁には、政界関係者や市民が金顧問に残す言葉が書かれたメモ約1000枚がぎっしり貼られていた。あるホームレスは、「民主主義の花、金槿泰議員、安らかにお眠りください」というメモを残し、母親と手をつないで連れられた5才の子どもは、ハートを描いた。
「民主主義者、金槿泰殯所委員会」は、金顧問が死去した30日の1日だけで約2万人が訪れ、31日には約5000人、1日午後4時現在までに約4000人が訪れ、計3万5000人が殯所を訪れたと明らかにした。
一方、金顧問が過去に拷問を受けたソウル龍山区南営洞(ヨンサンク・ナミョンドン)の旧対共分室(現警察庁人権保護センター)取り調べ室のドアの前に、人権保護センターで勤務中のある警察官が金顧問を追悼する造花を献花したと、警察庁が1日、明らかにした。
また、警察庁未来発展課の李ジュンヒョン警衛は、警察の内部ネットワークを通じて、警察庁人権保護センターに金顧問の焼香所を設置することを提案し、多くが賛成の意見を寄せた。しかし、「民主化過程で殉職した警察官もいる。強いて辛い記憶を蘇らせる必要があるのか」という意見が対立し、警察内部に微妙な波紋を呼んでいる。
hjson@donga.com






