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得点王・最優秀選手賞のヨ・ミンジ「夢が現実になり始めた」

得点王・最優秀選手賞のヨ・ミンジ「夢が現実になり始めた」

Posted September. 27, 2010 08:34,   

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大会出場のためにトリニダードトバゴに向かう前の8月6日、ヨ・ミンジ(17=咸安代山高)は、自分の見にホームページにこんな言葉を書き残した。

「見せつけたい。私がどれだけ凄い人なのか、どれだけ大きくなれる人なのかを」

大会が終わった9月26日、この言葉は現実となった。韓国を優勝に導き、大会最高選手に与えられる二つの賞である最優秀選手(ゴールデン・ボール)と得点王(ゴールデン・ブーツ)を総なめした。この日、日本との決勝ではゴールは決められなかったが、ナイジェリアとの準々決勝で4ゴールを決めては、スペインとの準決勝では同点ゴールを、さらには勝ち越し点まで決めた。今大会、8得点3アシスト。

肌色の濃いヨ・ミンジが照れた笑い顔で賞を頭の上に持ち上げる場面は、大会を中継した国々のサッカーファンたちに強烈な印象を残した。

ヨ・ミンジは、さらに遠くを見つめている。国際サッカー連盟(FIFA)のホームページには優勝と受賞の感想が掲載された。「私には大きな夢があります。世界で一番優秀な女子サッカー選手になることです。また、韓国女子サッカーの舞台でも、アジアを越えて世界最強になることです。私たちが(日本戦を)PK戦で勝ったとき、その夢が現実のものになり始めたことを感じました」

このあくなき向上心こそ、ヨ・ミンジを特別な選手に作り上げているようだ。ヨ・ミンジは、スポーツ選手として成功するための条件をすべて備えている。生まれ持った才能があり、それを楽しむ。そして誰にも勝って努力する。

ヨ・ミンジは、金海(キムヘ)ケドン小学校3年のとき、サッカー部がある昌原(チャンウォン)の明西(ミョンソ)小学校に転校してから本格的にボールを蹴り始めた。それまでは同じクラスの男子生徒たちと、時間があるたびにボールを蹴っていたヨ・ミンジはずば抜けていた。小学校を卒業するまで、10回の優勝を経験した。

咸安(ハムアン)のハムソン中学校2年だった2007年4月には19歳以下代表メンバーにも抜擢された。同年、春季女子サッカー連盟戦で得点王に上ったが、当時のプレーを観戦していた当時19歳以下女子代表のイ・ヨンギ監督は、「ドリブル、シュート、突破力、持久力、瞬発力のすべてで優れていた。高校生の2、3人は軽く交わせる技量だった」と評価し、男子代表の朴主永(パク・ジュヨン=ASモナコ)に比べた。

試練がなかったわけではない。負傷だった。08年、ニュージーランドで開催された第一回17歳以下W杯にも出場が予定されていたが、足首じん帯の負傷で代表メンバーから外された。今大会にも右ひざの十字じん帯損傷という大ケガで大会出場が不透明だったが、幸いにも回復が早かった。

ヨ・ミンジは才能を生まれ持っているが、努力も怠らない。サッカーを始めた小学校4年のときから今まで「サッカー日記」をつけてきた。ノートで6冊に及ぶ日記帳には、サッカーへの思いや悩みの痕跡があまねく綴られている。「ドリブルがよけいに増えてきた。ゴール枠ではパスプレーをしよう(10年5月26日付)」「支える足がボールをうまくついていかないといけない。止まっているとき、体を揺らして守備を騙さなければならない(同5月13日付)」

07年11月11日、ミニホームページには、こう書いた。「天才は努力する人に勝てなく、努力する人は楽しむ人に勝てない。楽しむことと発展すること。私がサッカーをする二つの理由だ。うまい選手よりは、努力する誠実な選手になりたい」



kimsk@donga.com