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[社説] 北核「主導的役割」の限界を認識すべきだ

[社説] 北核「主導的役割」の限界を認識すべきだ

Posted December. 07, 2004 23:31,   

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今日、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が帰国する。先月チリで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)から今回の欧州訪問まで、盧大統領の海外歴訪はそもそもの目的よりも一連の北朝鮮関連の言及が大いに注目を引いた。そのうち、「韓国の考えが反映されるために、誰かと顔を赤くしなければならないなら、そうせざるを得ない」と言った一昨日の発言は、北朝鮮核問題の解決策で韓国の「主導的役割」を強調した言葉の中でも決定版だった。

北朝鮮核問題を対話と交渉を通じて平和的に解決しなければならないという盧大統領の基本認識は正しい。韓国の「主導的役割」を強調したことも十分に理解できる。しかし、先月の米ロサンゼルス訪問後の盧大統領の発言には、憂慮される面も少なくない。

何よりも、韓国がどこまで「主導的役割」を果たせるのか、考えてみる必要がある。北朝鮮核問題は、南北間の問題であると同時に国際問題であり、米国の役割が決定的に重要だという「原論」を繰り返す必要はないだろう。問題は、02年10月の核危機以降、国際的な側面の比重がいっそう高まったという点だ。このような状況で、米国の外交安保分野を掌握したネオコン(新保守勢力)を批判し、北朝鮮をなだめることで一貫した盧大統領の発言が、どれほど「実効性」を有するのかは疑問である。一角で韓米協力の弱体化を憂慮する声が出ているのは無理もない。

細部の問題もある。「主導的役割」のために韓国が支払う「コスト」がそれである。これまで6者協議の過程で、北朝鮮は「凍結対補償」を、米国は北朝鮮の「核廃棄優先」の原則を固守した。両者の主張を「主導的に」調整するためには、北朝鮮が要求する対価の相当部分を韓国が引き受けるしかない構図である。この場合、韓国の負担をめぐって提起される「国民的合意」をどのようにして引き出すつもりだろうか。

「主導的役割」は韓国の理想だが、現実的限界は容易ではない。盧大統領は「発言後」に直面する現実的な限界までも認識しなければならない。