民生経済は泥沼にはまり、未来と希望を語る人は見当たらない。歴代大統領や首相を務めた国家長老、経済専門家たちが沈黙を破って家の現実に声を出し始めたことは、このままでは国民の分裂と墜落する経済が、回復できない状況になるという危機意識が働いたためだろう。
姜英勳(カン・ヨンフン)元首相はあるセミナーで、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に対して、「言葉の端々で、なぜ国民を進歩と保守に分けるのか」と問い、「保守陣営を不正集団に追い込んではいけない」と述べた。盧大統領が、歴代政府の功績と過誤をバランスをもって評価せず、「逆転の歴史」、「腐敗独裁集団」と攻撃することへの欝憤(うっぷん)もあっただろう。
参加型政府の中心にいる人々は、改革は彼らの専有物であり、他の意見は反改革的という幻想に縛られているようだ。観点が異なる人々を排斥して攻撃する態度を見れば、彼らが克服の対象とした独裁政権と大差ない。
最近会った人で経済を心配しない人はいない。しかし政府与党の関係者たちは、不況という国民の認識を新聞のせいにしたり、改革にブレーキをかけようとする勢力の戦術と理解しているようだ。退任以降、政局懸案への言及を慎んできた金大中(キム・デジュン)前大統領は、ハンナラ党の朴槿恵(パク・グンヘ)代表に会った席で、「このままでは経済が危険だ」と述べた。経済がよくないという認識を保守新聞が作り出したのなら、「国民の80%が経済を心配している」という金前大統領の言葉は、どう解釈すべきか。
経済5団体のトップたちは、「与党が進めている政策が、市場経済の原則に反する」と声を高めた。経済学者も「国際競争力を落とす労組寄りの反企業感情」と「分配と平等という左派的価値の罠にはまった経済政策」に対して、憂慮の声を上げている。
参加型政府は、コードが同じ人々による官辺委員会の「改革報告書」だけを金科玉条(一番大切なきまりや法律)と考えるのではなく、国を心配する各界各層の意見に耳を傾けなければならない。そうしてこそ、集団思考による失敗を防ぐことができる。政府の失敗はそれだけにとどまらず、国民と国の不幸に帰結するためである。






